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奈良敏行さん「町の本屋という物語 定有堂書店の43年」インタビュー 「聖地」の息吹はいまも

 表紙の裏に、鮮やかなブルーが広がっている。見返しの色は、著者が好んで語る言葉を映している。

 本屋の青空。

 書棚を前に時を忘れ、遠くに思いをはせ、心が無限に広がる気分のこと。こういう生き方もあるのか……と重荷を下ろせるような。訪れる人にそんな見せ方を。「本屋は展示場でなく舞台だ」と努めてきた。

 団塊の世代。同年代の人がたくさんいる中で、「自分らしく」と念じながら、出身の長崎から早大文学部へ。卒業後は松竹や郵便局などで働いた。でも、大きな組織にいては何とも満たされない。

 では、身の丈の世界とは?「本が好きなだけな人間の選択肢として、本屋を始めよう」。妻の郷里である鳥取で、定有堂書店を開いたのは1980年秋、32歳の頃。「青春のやり直しで後がない。一身を賭した生き方として自分をまるごとぶつけてきた」

 最初は辞書も学習参考書も、とできる限り集めた。でも総花的な品ぞろえは、人の心に響かない。「何でもあるわけではないが、どれでもそろえる」姿勢へ。やがてジャンル別でなく、テーマ別に。お客さんや取次会社の人との交わりからヒントを得て、多彩な書棚を編んでゆく。

 「このままでよいということ」というテーマの棚には『詩と死をむすぶもの』(谷川俊太郎、徳永進)、「たった一人の共同体」には『生きるかなしみ』(山田太一編)という具合だ。50坪ほどの店ながら、さえざえとした棚の並びが人を寄せ、いつしか「書店員の聖地」と言われるように。ジャンル不問の読書会も主宰し、40年近くになる。

 ただ70代も後半が迫り、寄る年波が高くなった。「元気なうちに」と思い定め、店を閉じることを決断した。

 それから1年。盟友が編集を買って出た、43年の足跡と想念を伝える本書は、ほどなく重版された。閉店後も新たに「小説を読む」会が芽生えるなど、定有堂の息吹は失われていない。「僕が世を去る日が来ても、本屋の青空は広がってゆくでしょう」(文・写真 木元健二)=朝日新聞2024年4月20日掲載