「ところざわサクラタウン」は、KADOKAWAと所沢市が、みどり・文化・産業が調和した、誰もが「住んでみたい」「訪れてみたい」地域づくりを進める「COOL JAPAN FOREST構想」の拠点施設。公式サイトには「みどり豊かな地から最先端の文化と産業を生み出し、世界に向けて発信する」とうたっています。
JR武蔵野線東所沢駅から10分ほど歩いて住宅街を抜ければ、突如、石でできた武骨な巨大建造物が現れます。
イベントホールから商業施設、ホテル、さらには神社まで。「ところざわサクラタウン」は、お世辞にも「なんでも揃う!」とは言いづらい東所沢エリアにあって、それらをありったけ詰め込んだ印象。そして、構想の中核を担うとされているのが「角川武蔵野ミュージアム」です。8月に館の一部分だけプレオープンしていましたが、11月6日をもって全面公開となりました。
謎の現代美術に迎えられ
エントラスは建物の2階部分に位置しています。現在は会田誠氏や川島秀明氏など、注目のアーティスト6人による「コロナ時代のアマビエ」のリレー展示が実施されています。奇奇怪怪な世界の始まりですね。ちなみに、カフェやお土産ショップもありました。
まずは1階へ。このフロアはグランドギャラリーとなっており、自然・科学・芸術・社会など、物語を持つ全てのものを展示対象としています。グランドオープンの第1弾企画として、館の博物部門のディレクターで、妖怪研究の第一人者である荒俣宏氏監修の展覧会「荒俣宏の妖怪伏魔殿2020」が開催されています(会期は2021年2月28日まで)。
「荒俣宏の妖怪伏魔殿2020」では、妖怪絵が並ぶ作品展示や荒俣氏のコレクション、ミイラや化石などを見られます。また、映画化もされた長編小説『姑獲鳥の夏』や『巷説百物語』など、妖怪にまつわる(だけど妖怪はほぼ登場しない)物語を数多く生み出してきた作家・京極夏彦氏による展示も。小説の素材として取り上げた江戸時代に描かれたお化けの絵などが飾られています。
ちなみに、『涼宮ハルヒの憂鬱』『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』など、KADOKAWAに所属するレーベルの全点をアーカイブする「漫画・ラノベ図書館」もこのフロアにつくられています。
本だらけの街を通り、本棚劇場へ
そして4階が館の目玉といえる「エディットタウン」です。どこを見ても本だらけ。ジャンルレスな所蔵から自分好みの本を探す楽しみはもちろん、フロア全体が一つのアート作品のようなユニークな配架を見るだけでも興味をそそられます。
「角川武蔵野ミュージアム」の館長で、編集者の松岡正剛氏の監修によって、世界を読み解くための「9つの文脈(日本の正体、脳と心とメディア、個性で勝負する、など)」に沿って2万5000冊の本が集められています。
ストリートの左右には1つずつ部屋があり、アート作品やグッズを展示できるエリアが用意されています。
「荒俣ワンダー秘宝館」は、荒俣氏の監修による、世界中から集められた珍品や標本を手に取って見られる「半信半疑の地獄」と、生物の美しさや不思議を体感できる「生命の神殿」の2つのエリアで構成されています。
ストリートを挟んで「荒俣ワンダー秘宝館」の反対側にあるのは「エディット・アンド・アートギャラリー」です。オープニング作品は「米谷健+ジュリア展・だから私は救われたい」。原発の燃料と同じウランを含むウランガラスで作られたシャンデリアには、それぞれに核保有国の名前がつけられ、美しさと残虐性が共存しています。
「自分たちが投げたボールをどう受け止めるかは鑑賞者次第。ユニークな建物や本とリンクさせながら、何かを感じ取っていただきたいです」。当日来場した米谷健さんは、作品についてこう語りました。訪れた人に問いを投げかける仕組みは「エディットタウン」の至る所に散りばめられているように思えます。そうして各々が抱いた疑問を、2万5000冊の本を使い、自分なりの答えを見つけられるよう設計されているのかもしれません。
ストリートを抜けると、高さ約8m、360度本棚に囲まれた「本棚劇場」に到着。KADOKAWAの刊行物や、創業者である角川源義氏の蔵書のほか、文芸評論家・山本健吉氏の蔵書など、角川書店創業時に縁の深かった人たちから寄贈された約3万冊を所蔵しています。
「エディットタウン」は、美術館と図書館と博物館が融合したミュージアムと言えます。それら3つを横断できる施設は、日本中を探しても類を見ないのではないでしょうか。
武蔵野をより深く知るための回廊
「本棚劇場」は吹き抜け構造になっていて、奥にある階段から5階へ上がれます。このフロアにあるのは「武蔵野回廊」と「武蔵野ギャラリー」という、所在地の名前を冠したエリア。
埼玉・千葉・東京にまたがる武蔵野エリアですが、その範囲を正確に答えられる人はいるでしょうか? このエリアの定義は時代とともに移り変わり、今なお揺らいでいるそうです。そんな武蔵野エリアを再定義し、魅力を顕在化させようというのが、このフロアの目的のようです。
KADOKAWAの創始者である角川源義氏は、荻窪に住み武蔵野を愛した人物だったそうです。俳句文芸誌『俳句』の1955年9月号で「武蔵野を語る」という座談会が開かれ、角川氏が民俗学者の柳田國男氏や山本健吉氏と論を交わしたほど。ちなみに、KADOKAWAは妖怪を取り扱った本も多数出版していて、民俗学は柳田氏の『遠野物語』に記されているように妖怪との関わりが深い学問でもあります。ミュージアムの妖怪展示の背景を探ると、そうした一筋のつながりが見えてきます。
伝統と先進がごちゃ混ぜになった場所
ショップやホテルのみならず、神社まで詰め込んだ「ところざわサクラタウン」。その中にある「角川武蔵野ミュージアム」には、妖怪、本、アート、珍品が集まる雑多さ。純文学から街ブラ本(Walkerシリーズ)、ライトノベルまで、軽々とジャンルを飛び越えるKADOKAWAらしいとは思いましたが、結局のところ「ここが何をする場所か?」を形容できる答えは、最後まで見つかりませんでした。
でも、それこそが「角川武蔵野ミュージアム」が意図するところなのかもしれません。何だかわからないこそ知ってみる。展示を通して生まれた疑問を図書で調べる。建物を動き回り楽しみながら知的欲求と向き合うことを、この場所は多くの人に提示してくれるかもしれません。