香港は大学院の3年間を過ごした思い出の地だ。民主活動家の周庭さんらを日本に招いて講演会を開くなど、支援にかかわってきた。催涙弾や火炎瓶が飛び交う事態を受け止めきれず、昨年12月に香港に行き、旧友に会ってデモにも参加した。
感じたのは「人々の心に怒りや悲しみ、やるせなさが渦巻いている」こと。「香港の人は昔は政治を語らなかった。今は青色(政府支持派)か黄色(デモ支持派)かで選ぶ店が違い、公私の顔を使い分けている」。自身も意見の食い違いから長年の友人と疎遠になってしまった。
「でも、香港で起こっていることを人ごとのようにとらえないでほしい。社会をどう作るのか、自分たちの足元にある問題として考えてほしい」。それが本書の根幹にある。
だから家族や身の回りのことも書いた。大阪に生まれ、中学生の時に母ががんで亡くなり、父がうどん屋をしながら育ててくれた生い立ち。息子が通う小学校の移転問題がきっかけで、小林多喜二らが収監されていた旧中野刑務所正門の保存運動に関わっていること。「日々の小さな悩みや問題に真摯(しんし)に向き合うことが、民主主義や自由につながる。子どもたちの未来を考えた母親の感覚があったと思う」
本業の中国研究では、農村に泊まり込む調査・分析が注目を集める。トイレの問題は言うに及ばず、蚊取り線香を10個たいても効かない小屋での滞在も「ずっとじゃないから平気」と言えるつわものだ。「コミュニティーに入り込むと、人のいろんな面が見えてくるのが好き」なのだという。「おせっかいというか、つい片足を突っ込んでしまって……」
周庭さんが逮捕された時には、すぐにSNSで抗議した。「今度、先生の手料理を食べたい」と言っていた周さん。心配は尽きない。=朝日新聞2020年11月14日掲載