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「マンスキー データ分析と意思決定理論」書評 最少の仮定で信頼性の高い結論

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2020年11月28日
マンスキー データ分析と意思決定理論 不確実な世界で政策の未来を予測する 著者:チャールズ・マンスキー 出版社:ダイヤモンド社 ジャンル:経済

ISBN: 9784478105740
発売⽇: 2020/09/30
サイズ: 19cm/347p

マンスキー データ分析と意思決定理論 不確実な世界で政策の未来を予測する [著]チャールズ・マンスキー

 データ分析の重要性は社会で認知されてきている。だがどの分析がどれほど信頼に足るのかは注意が必要だ。分析においては、強い仮定を採用すると強い結論を得やすくなる。だが強い仮定を採用する分、分析としての信頼性は下がる。著者は最少の仮定で得られる結論を探る計量経済学者である。近い将来のノーベル賞が期待されている。
 例えば、就学前教育の導入は、高校卒業率をどう変化させるのか。ある実験によると「就学前教育の選択肢がない」場合その率は49%、「就学前教育が義務付けられた」場合は67%であった。では「就学前教育の選択肢はあるが義務ではない」場合はどうだろう。素朴に考えれば49%と67%の間になりそうだが、そのように結論付けるにはいくつかの仮定が必要だ。一例は、就学前教育を受けると高校卒業率が上がるという関係の仮定である。
 著者の分析によると、そうした一連の仮定を置かない場合、「就学前教育の選択肢はあるが義務ではない」場合の高校卒業率は16%から100%の間のどこかになる。それ以上のことは、さらに仮定を追加しないと分からないし、そうすると仮定の影響を検証できもする。何%という一つの数ではなく、区間を求める分析は区間予測という。分析結果を聞く側としては、一つの数のほうが単純で分かりやすい。だが単純な結論が、よき意思決定を導いてくれるとは限らない。分析において仮定と結論はセットだからだ。それゆえ著者は、強い結論ばかりを強調する学者や政策立案者には批判的だ。
 著者の父親は第2次世界大戦時に、東ヨーロッパから日本を経由して、アメリカに渡った移民である。それはナチスの手から逃れるためで、その際は、杉原千畝が発給した日本の通過ビザに命を救われた。そのエピソードは「日本語版への序文」で語られており、この邦訳だけで読める特権といってもよかろう。
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Charles F. Manski 米ノースウェスタン大教授(経済学)。トムソン・ロイター引用栄誉賞などを受賞。