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「けものが街にやってくる」書評 「棲み分け」再創出で多様性保つ

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月19日
けものが街にやってくる 人口減少社会と野生動物がもたらす災害リスク 著者:羽澄 俊裕 出版社:地人書館 ジャンル:環境

ISBN: 9784805209448
発売⽇: 2020/10/01
サイズ: 19cm/233p

けものが街にやってくる 人口減少社会と野生動物がもたらす災害リスク [著]羽澄俊裕

 多摩ニュータウンに住む私は、近隣の里山や緑道をよく散策してきた。そこでは、普段見かけない動物に出会う。狸(たぬき)や野ウサギ、外来のハクビシンである。アニメ『平成狸合戦ぽんぽこ』で有名となったこの地の狸は、今も残っている。が、「けもの」と呼ぶほどのものには出会ったことがない。しかし、本書を読んで、ごく近年に、国立市にシカが、八王子市の住宅地にイノシシがあらわれたのを知った。東京でこの有り様であるから、他の地域は推して知るべしであろう。全国各地で、猿、イノシシ、シカ、クマのような大型動物が都市部に侵入する頻度が高まっている。人身傷害や交通事故、農産物被害に加え、感染症を運んだり、自然環境を一変させて災害脆弱(ぜいじゃく)性を高めたりするなど、獣害は、一般に理解されているより多様かつ深刻である。
 本書は、野生動物の保護、マネジメントに長く従事してきた著者が、その原因と対策を論じたものである。この事態は「人口減少時代の環境変化」に始まった。乱暴な開発を続けた高度経済成長期のあと、農業や林業が衰退し、猟師が激減した。野生動物と人間の境界にいた人々が減り、バッファ・ゾーン(緩衝地帯)が消えたことにより、野生動物が増え、さらに人間の生活圏に侵入しやすくなった。
 必要なのは、動物と人間の「棲(す)み分け」を再確立することである。本書には、その方法が詳しく述べられている。ここで、注意しておきたいのは次のことだ。近年では、自然環境保護、「生物多様性の保全」が支配的な世論となっている。しかしそれは、動物と人間の棲み分けを否定することではない。たとえば、野生動物を遠ざけ外来生物を排除するのは、外国人労働者や移民を排除し差別するのとはまるで違うことだ。「生物多様性の保全」は、むしろ、意識的に棲み分けを創り出すことによってのみ可能となる。それはまた、持続可能なエコシステムと社会に向かう試みでもある。
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はずみ・としひろ 1955年生まれ。福島県生活環境部鳥獣対策専門官などを務める。著書に『自然保護の形』。