「鬼滅」共有されて存在感
2020年にもっとも話題となったマンガ作品といえば、吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)の「鬼滅の刃(やいば)」(集英社)だ。初版発行部数は12月に出た最終巻で395万部に達した。累計発行部数は電子版を含め1億2千万部にも及ぶ。
10月中旬からの劇場版アニメも国内興行収入記録で歴代2位に至った。全23巻にわたる人と鬼との激しい戦いの物語は、子どもから大人までが注目する社会現象となった。
かつて若者たちの社会現象となった「あしたのジョー」の熱気は、週刊連載の作品のライブ感に、読者が現在進行形で寄り添っていくことで支えられていた。
間口の広いアニメ版に触れた視聴者が熱を帯びたまま、雑誌連載や単行本を通じて佳境を迎えていたマンガ本編の展開へ追いつき並走していった「鬼滅の刃」にも、よく似たありかたが垣間見える。
同時代的に多くの人々が作品を共有することでその存在感が大きく切実なものとなっていくという週刊誌の少年マンガのアクチュアリティーを復活させた作品だとも言えよう。(雑賀忠宏)
施設や展覧会、様々な試み
コロナ禍に対し、マンガ施設やマンガ展が様々な挑戦をした年だった。
北九州市漫画ミュージアム「関谷ひさしとスポーツマンガの時代」展は、休館で2日のみの公開だったが、その後「延長戦」を開催。自館コレクション展ゆえ、柔軟に対応できた。
一般の美術館や博物館では、所蔵資料の整理、公開が促進されたが、コレクションや研究スタッフを持たない多くのマンガ施設で同様の動きは進むか。その意味で、横手市増田まんが美術館(秋田県)に原画に関する相談窓口「マンガ原画アーカイブセンター」が開設したのは心強い。
多くのマンガ展を催してきた米沢嘉博記念図書館(東京都)と京都国際マンガミュージアムがそれぞれ、「インターネットで見る園山俊二展」、「マンガ・パンデミックWeb展」といったオンライン展を企画したのも興味深い。原画の「アウラ」に頼り、その解釈やメタ情報を提供するという発想が乏しいマンガ展において、こうした試みが広がるか。今後のマンガ展のあり方が問われる。(伊藤遊)
舞台裏の記録、次々と刊行
今年は少女マンガ史を新たな視点で見通す書が次々と刊行された。
特筆すべきは、「『少女マンガを語る会』記録集」。この本は、水野英子が黎明(れいめい)期の少女マンガの記録が十分でないことを危惧し企画した。
1950~60年代に活躍した少女マンガ家や編集者を集めて、99年から1年間にわたり開催された座談会だ。その内容が20年の時を経て本にまとめられた。貴重な証言が収録された本書は今後の少女マンガ研究の礎になるだろう。
今年は少女マンガ家の自伝も豊作だった。例えば、笹生那実の「薔薇(ばら)はシュラバで生まれる」は、70年代の名作マンガが誕生する現場にアシスタントとして関わった体験を描いたものだ。
「松苗あけみの少女まんが道」は、デビューまでのエピソードや「純情クレイジーフルーツ」誕生などを自身で振り返っている。いずれも70年代の少女マンガの舞台裏を知る上で興味深い。得られる情報も大きく、今後もこうした作品に期待が高まる。(倉持佳代子)
名作残した作者たち、逝く
ベテランから新人まで今年も複数の漫画家が泉下の人となった。
「パットマンX」「アシュラ」「浮浪雲」など、ギャグにシリアス、子供向けに大人向けと、ジャンルや年代を問わず快作を描き続けたジョージ秋山(5月)。桑田二郎(7月)は「月光仮面」「8マン」といったヒーローもので子供たちを熱狂させた。
若者の共感を集める「キミオアライブ」の連載中に急逝した恵口公生(8月)。「始末人シリーズ」をはじめ女性作家として独自の作風を確立した明智抄(8月)。「きまぐれオレンジ☆ロード」のヒロインが全国の少年たちをとりこにしたまつもと泉(10月)。
矢口高雄(11月)は「マタギ列伝」「釣りキチ三平」など、抜群の画力で人間と自然を活写した。秋田県の横手市増田まんが美術館の名誉館長をはじめ、マンガ文化の保存と継承に尽力したその姿には筆者も薫陶を受けた。
それぞれに心からご冥福を祈りたい。合掌。(吉村和真)=朝日新聞2020年12月23日掲載