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本は最後に残る最高の娯楽 小説家・今村翔吾さん@新潟市立五十嵐中学校

文:安里麻理子 写真:永友ヒロミ

何歳でもなれるのが作家

 新進気鋭の時代小説家、今村翔吾さんを拍手で迎えた図書委員たち。ふだん貸し出している本の作者が目の前に現れ、しかも作家デビュー4年目にして、すでに24タイトルを世の中に送り出していると聞き、目を見張った。

 さぞかし長年書き溜めていたのだろうと思いきや、初めて小説を書いたのは5年前。その1作目が地方の文学賞を受賞し、以来、日々の大半を執筆に費やし今に至る。

 そんな今村さんが小説家になって知ったのが、作品が書店に並ぶまでの長い工程だ。原稿を最初に読むのは出版社の編集者。「編集さんのチェックによって、けっこう内容が変わるんだ」。人気の「羽州ぼろ鳶組」シリーズ(祥伝社)も、第3巻までと以降では編集者が違うという。

 そのほか、校閲、デザイナー、装丁家、出版取次店、書店など、いろんな専門家がかかわって、みんなの手に届く。「そういう人たちの期待に応えるためにも大きな賞を獲りたい、って自分で自分を追い込んでいます」と、はにかんだ。

 さらに、「もし、小説家になりたいと思っているなら、あきらめないほうがいい」。なぜなら年齢を問わない職業だから。「実際、僕には60歳の後輩がいます」

 ただ、プロの作家の中には昔ほど本が売れなくなったことを嘆き、作家志望をすすめない人もいるとか。「それでも僕は応援するよ。本は絶対になくならない、最後に残る最高の娯楽だと思っているから」

小説の出だしに盛り込むキーワードを各学年に割り振る。さあ、みんなでチャレンジ!

出だしが決め手 書いてみよう!

 自己紹介を兼ねて作家業への思いを語った後、今村さんが提案したのが本日の課題、「本の出だしを書いてみよう!」だった。

 「本って、出だしで読みたくなること、ない?」。確かに読者は出だしの数行で、本との相性を測るところがある。でも、読むのと書くのとでは大違いだ。教室がざわめく。

 今村さんが用意したテーマの中から学年ごとに、1年生は「夜」、2年生は「星座」、3年生は「バームクーヘン」を選び、個々にチャレンジ。作家なりきり体験が始まった。

小説の書き出しに挑む生徒たち。今村さん(奥)も参戦中

 同時進行で今村さんも挑戦したが、制限時間の10分後に提出された原稿を見て、「みんな、めっちゃ書いてる!」とタジタジだ。すべてに目を通すと講評した。

 テーマ「夜」部門では、「夜。」のひとことから始めた森山ももさんの潔さを称え、「荷物の重さすら感じられない。」と締めくくった小林絢葉(あやは)さんには、「こんなふうに物の感触とか匂い、つまり五感を言葉に落としていくと、読ませる文章になる」。

 「星座」部門の望月新太さんも、五感のイメージを盛り込んだひとり。「手のひらに月のかけらが落ちていた、という表現がきれい。みんな力あるなぁ!」

 そして難題と思われた「バームクーヘン」部門では、3年生の健闘が目立った。

 渡部舞子さんはのっけから、「バームクーヘンひときれ420円、プリンアラモード1080円…」と羅列。「やけに高いプリンアラモードが気になって仕方ない!」と笑いを誘い、山田巧真さんの「誰だよ僕のバームクーヘンに将棋のコマぶっさしたの。」には爆笑。「おもろい! 誰がなぜそんなことをしたのか、先を読みたくなる」

 ちなみに今村さんが考えた出だしはそれぞれ、「夜は明けなかった。」「琴座のベガ。中学生以来、初めて口にしたのは同級生の葬式の場であった。」「誰も食べないバームクーヘンを焼き続ける菓子屋の店主だが、優しいのは事実だった。」。

 「僕のが好みじゃない人がいてもいいんです」と、今村さん。「でも、自分ならどんなふうに始めるか書いてみたことで、本の好みを客観視できたんじゃないかな」

生徒たちの文章を採点する今村さん。「この子の、すごいなぁ!」と笑みがこぼれる

あきらめなければ夢は近づく

 本の好みは人それぞれ。それでも、「今村さんはなぜ、時代小説を書くようになったんですか?」。生徒から質問が出た。

 「初めて読んだ本が時代小説だったので」。小学5年生のとき、古本屋で目にした『真田太平記』(池波正太郎著、朝日新聞社刊→現在・新潮文庫)が、「どういうわけか、光り輝いて見えた」。全16巻を母にねだり、ハマった。それだけでなく、「夢はいつか小説家に」が口癖となった。

 だが、口癖は30歳になるまでそのままだった。実家がダンススクールを営んでいたことから家業を継ぐためインストラクターとなり、大勢の生徒を抱えていたこともある。

 その中に家出を繰り返す女子高校生がいた。「お前にも夢があるだろう、あきらめるな」。励ますつもりで諭していたら、「先生だって、あきらめてるくせに!」と返され、「めっちゃ、へこみました」。夢を語りながら、「いつか、そのうち」で終わらせていたからだ。

 翌日、ダンスを辞めた。「夢はかなうことを証明してみせる!」と啖呵を切ったから、後へは引けなかった。その4日後に書いた小説が1作目になった。

 「人生を変えるチャンスはそこらへんに転がっています」。教え子が家出少女でなければ、その子のひとことがなければ、作家・今村翔吾は誕生しなかった。「夢の100%をかなえることは難しいかもしれない。でも、あきらめなければ近づくことはできる」

 この経験談が生徒たちの心を揺さぶった。佐藤大修さん(1年)は、「夢は思っているだけではだめで、人とつながることでかなったという話に考えさせられた」。兼業作家を夢見る越部柚香さん(3年)も、「夢をあきらめないというお話、忘れない。今村さんの作品には、自身の人間性が反映されていると思いました」

 授業を振り返って今村さんは、「青臭い話をしたけれど、これは若い世代に向けて続けていくべき、僕の使命だと思っている」。

 作家になってからは「暑苦しいくらいアツい人間を書き続ける」ことで、同じメッセージを送っている。この日の生徒たちの姿が、ダンスインストラクター時代に出会った教え子たちに重なって見えたかもしれない。「でも、みんなから見たらもうちょい、渋みを持たせたいくらいやろうな」と照れた。