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「三位一体の経営」書評 卓越した仮説が利回りを長期化

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月23日
三位一体の経営 経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 著者:中神康議 出版社:ダイヤモンド社 ジャンル:経営・ビジネス

ISBN: 9784478112250
発売⽇: 2020/11/26
サイズ: 20cm/376p

経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営 [著]中神康議

 会社が良くなれば株価は上がる。だから良くなる会社の株を買う。シンプルな理屈だが、良くなる会社を見付けるのは難しい。著者はそれに挑む投資ファンドの経営者。日本に4000社ある上場企業から選びに選び抜いて、10社ほどに集中投資する。最優良な会社を見極め、「働く株主」として経営に助言する。その見極めと助言の精髄が本書にはまとめられている。投資家ならではの見方が随所に冴え渡る。
 例えば著者は、巷間(こうかん)にはよしとされる「多角化によるシナジー」論を警戒する。循環器系の医薬品が強い会社でいうと、消化器系の医薬品を新たに作るのは、事業の多角化である。だが循環器系と消化器系は、共有する開発コストが小さく、追加コストがかさむ。これを投資家の目線で見ると、コストの割に利益が出ないので、利回りが悪いとなる。利回りは本書のキーワードである。
 著者は株の短期的な売り抜けはせず、会社と長期的に付き合う。利回りが悪いと、長期ならではの複利の恩恵にあずかれない。そしてこのことは、実は投資家よりも、さらに長く会社と付き合う経営者や従業員にとって一層大切である。投資家の目線を経営に入れることで、経営者や従業員が「三位一体」で豊かになれるわけだ。著者は一体性を高めるため、従業員も株をもつことを強く推奨する。
 そして著者は卓越した経営者だけがもつ、特異な仮説を重視する。例えばヤマト運輸の小倉昌男は、国家が宅配事業を独占していた時代に、巨大な宅配ネットワークをつくれば勝てると仮説を立てた。そのような仮説こそが、競合を阻む巨大な障壁となり、高い利回りを長期化させる。著者は経済や経営の学識を丁寧に使い、論理を積み上げていく。その展開はまるで冒険小説のようだ。語り口は柔らかいが、著者の心の躍動が伝わってきて、ともにこの世の秘密を覗(のぞ)いている気分になる。
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 なかがみ・やすのり みさき投資株式会社代表取締役社長。著書に『投資される経営 売買される経営』。