1. HOME
  2. インタビュー
  3. 瑛人の「香水」の歌詞はなぜ刺さる? 作詞家・いしわたり淳治さんが気になる「言葉」を解説

瑛人の「香水」の歌詞はなぜ刺さる? 作詞家・いしわたり淳治さんが気になる「言葉」を解説

文:永井美帆

感情が言葉に支配されている

――本書は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&M」の連載「いしわたり淳治のWORD HUNTに加筆修正して、まとめたものです。連載で取り上げる言葉は、どうやって決めているんですか?

 普段から身の回りの言葉が気になるんです。テレビから聞こえてきた芸人さんの切り返しとか、広告のコピーとか、気になったものをメモするようにしていて、連載で紹介しています。例えば、仲間内の会話から面白い言葉が生まれることもあるけど、それだと読者との共有感がないなって。出来るだけ、誰でも知っているようなものから選んでいます。

――連載をまとめた本のタイトルが『言葉にできない想いは本当にあるのか』。どんな意味を込めたのでしょうか。

 音楽を聞いていると、よく「言葉にならない想い」というフレーズが出てきますよね。僕自身、そんな歌詞を書いたこともあります。でも、どこかで「言葉にならない想いって本当にあるの?」という違和感もあって。例えば、誰かのことを「愛している」と感じていたとして、でもそれは「愛している」という言葉に引っ張られて、そう思い込んでいる可能性もあるなと。もっとしっくりくる表現があるのに、「これは愛なんだろう」と思い込んで、「愛している」と言い、気持ちを伝えた気になっている。この場合は、言葉と感情の主従関係が逆になっていると思うんです。

 そう考えると、人間が自分の感情を表現する時、多少の誤差はあるものなんだと思います。でも、日々新しい言葉が生まれたり、既存の言葉が別の意味で使われるようになったり、そういうことを繰り返していけば、いつか全ての感情を正しく表現できる日が来るかもしれない。そんな思いでタイトルを付けました。

――感情が言葉に支配されているという主従関係は面白いですね。

 歌詞を書いていると、特に実感します。入れられる文字数が決まっているので、例えば4文字だったら、「さみしい」なのか、「くやしい」なのか、「むなしい」なのか。その中から、一番近いものを見付ける作業になっていくんですよね。感情を表現しているというより、言葉に支配されているなと感じます。

「香水」の歌詞の素晴らしさ

――紹介されている118の言葉の中で、特に印象的なものはありますか?

 個人的に気に入っているのが、サッカーの実況中継でよく使われる「時間帯」という言葉。僕はにわかサッカーファンなので、基本的にワールドカップの日本戦しか見ないんですが、実況の人が「足が止まってくる時間帯」とか、「攻撃を仕掛ける時間帯」とか、やたら「時間帯」って使うんですよ。別に「時間」って言えば良いじゃないですか。何で「帯」が必要なのか、気になりますね。

 2020年にヒットした瑛人さんの「香水」のサビ、「君のドルチェ&ガッバーナのその香水のせいだよ」というフレーズも素晴らしいです。人間には視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感がありますが、歌詞には、頭の中で作った物語をつづっていくことが多く、どうしても視覚的な表現に偏りがちです。逆に実体験に基づいた歌詞では、手で触れた時の温度や匂い、風の音など、五感を使ったいろんな表現が使われ、リアリティーのある、豊かな歌詞になります。

香水 / 瑛人 (Official Music Video)

 「香水」では、「ドルチェ&ガッバーナ」という聴覚を刺激するワードがあって、「香水のせいだよ」という匂いの描写が続きます。視覚だけに頼らない表現が新鮮で、聞く人が頭の中でイメージしやすい構造になっているんじゃないかと思います。

――「香水」のようなヒット曲が生まれる一方、「最近、音楽から流行語が生まれていない」とも語っていました。

 少し前にお笑い芸人、8.6秒バズーカーの「ちょっと待って、ちょっと待って、お兄さん」と歌うネタが流行しましたよね。それ以前に「ちょっと待って」と言えば、山口百恵さんの「プレイバックPart2」でした。昔はどんな世代も知っている流行歌というものがあって、そこから流行語が生まれていたんです。でも今は、音楽がアーティストのシリアスな自己表現の場になっているというか、むしろ流行歌を作ることがかっこ悪いという風潮すらある。作詞家として、再び音楽から流行語が生まれる時代が来ることを願っています。

 一方で、「鬼滅の刃」の主題歌など、世代を超えて歌われる曲が生まれた2020年は、少し音楽に流行が戻ってきた年だと思います。個人的に面白いと思ったのはTikTokからの動きです。TikTokに投稿され、女子中高生の間でブームになったひらめさんの「ポケットからきゅんです!」という曲がありますが、「きゅんです」というワードが曲から飛び出し、「ノート貸してくれてありがとう。きゅんです!」という感じで、女子中高生の間で日常的に使われるようになったそうです。一部の世代ではありますが、音楽から流行語が生まれているのはうれしいですね。

ひらめ🐠「ポケットからきゅんです!」

あいみょん、髭男の頼もしさ

――瑛人さんやひらめさんのように、個人がSNSに投稿した動画から、ヒット曲が生まれる時代になりました。

 少し前まで、アーティストになるって「夢」でしたよね。でも今は、SNSを使って、誰でも作品が発表できます。音楽の勉強をして、下積みを経て、メジャーレーベルと契約するということが、音楽をやる唯一の方法ではなくなり、もっとカジュアルなものになりました。

 時代とともに、音楽の作られ方や聞かれ方、機能が変わっていくのは自然なことです。でも、だからこそ、メジャーレーベルからリリースされる音楽は重要で、しっかりしたメインカルチャーがあることにより、サブカルチャーにも価値が出ますから。今の音楽シーンにはあいみょんや米津玄師さん、Official髭男dismなど、時代を背負うアーティストたちがちゃんと育っていて、頼もしいです。

――日々言葉と向き合っているいしわたりさんですが、普段から本は読みますか?

 月1回、書店に行く時間を作っていて、そこで気になったものを読みます。今回の本にも引用した、『ケーキの切れない非行少年たち』もその一つ。医療少年院に勤務していた児童精神科医が書いた本で、犯罪を繰り返す少年は認知機能に問題がある場合が多く、丸いケーキを3等分に切ることが出来ないそうです。普通に暮らしていると、少年院で起こっていることを知る機会ってありませんからね。本を読むと、自分の知らない世界をのぞくことが出来ます。

 また、物事って、一方から見ただけでは気付かないこともありますよね。それを、「こういう見方もあったのか」と教えてくれるのが本です。この『言葉にできない想いは本当にあるのか』にも、いろいろな言葉に対する僕なりの考えを書いているので、面白がって読んでもらえたら良いですね。