「本とみかんと子育てと」書評 世の不条理に向け実直に辛辣に
ISBN: 9784864260466
発売⽇:
サイズ: 21cm/671p
本とみかんと子育てと 農家兼業編集者の周防大島フィールドノート [著]柳原一徳
山口県周防大島で、みかん農家と一人出版社を兼務している著者が綴(つづ)る、二〇一七年から二〇年にかけての生活の記録。
本を編んで届ける。みかんを育てて売る。子供の成長を見届ける。暮らしの柱となる三つは、循環の中で変化を繰り返す。常にひとつの形を生み続けるという点で、どこか似ている。
「想(おも)えば、みかんは主食ではない。コメや野菜と違って、無くても困らないもの。しかしそれは、あらねばならぬものの反語と捉えたい。みかん一つ、それをして、食べる人の幸福を生み出す仕事でもある」
農業で食えなくなったのは、「農を棄(す)てた国策の馬鹿さ加減によるもの」ではないのか。「経済至上主義に染まった人らの目には愚かな営為としか映らない」かもしれないが、カバーの傷んだ本を交換するために書店とやり取りをする。手を動かしながら気づく世の不条理に向けて、実直な言葉を辛辣(しんらつ)にぶつける。
宮本常一(つねいち)が「忘れられた島」と位置付けた周防大島。一八年、ドイツの海運会社が所有する貨物船が、島と本土を結ぶ大島大橋に衝突、送水管と通信ケーブルが切断される事故が発生した。メディアは初期情報を伝えたものの、続報は流さない。「日常がまったく報道されていない」ので、「多くの人からはすでに収束したと思われて」しまった。
読み進めていく中で、辺りの人が命を閉じていく記述に何度か出合う。みかんが売れたり、本が書店に並んだり、子供が新しい物事を覚えたりするように、どんな人間も、誰かに育てられ、いつしか実る。そして、やがて朽ちていくのだ。
「物事全てに根拠があるんや、因(直截=ちょくせつ=的原因)と縁(間接的要因)があっての果(結果)なんや」
土地に根付いたものを更新し、同時に守り抜く、その姿勢に心を打たれる。六〇〇ページを超える大著をめくりながら、カバーに光る、敷き詰められたみかんに繰り返し目をやった。
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やなぎはら・いっとく 1969年生まれ。97年に出版社を創業。著書に『阪神大震災・被災地の風貌』など。