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エーリッヒ・フロム「愛するということ」 喜んで与え保証なく信じる

 フランクフルト学派の精神分析学者、フロムの新訳がベストセラーだ。書名から自己啓発本と早とちりする読者もいたんじゃないか。誤解でこの本に出会えるなら、幸せな誤解だ。

 誤解その1。世の中は「どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるか」を考えている人ばかり。この本も、そのためのテクニック集ではないか、との誤解。

 根本的な錯誤がある。愛することの本質は自分から「与える」ことだ。「自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分のなかに息づいているものすべてを与える」。それは「自分のもてる力のもっとも高度な表現」であり「自分のもてる力と豊かさを実感する」行いだ。与えることは「それゆえに喜びをおぼえる」楽しいことなのだ。

 誤解その2。どうしたらすべての人を愛せるか、その教則本、との誤解。

 たしかに、愛するのは人の天性ではない。ラブ(愛)は、練習して身につく高度なアート(技術)だ。

 たとえば「『愛する』人以外は誰のことも愛さないことが愛の強さの証拠」と考える人が多い。ただ一人への一途な純愛。

 それは、幻だ。エゴイストだ。「ひとりの人をほんとうに愛するとは、すべての人を愛することであり、世界を愛し、生命を愛する」ことなのだ。

 では、どうすれば愛せるか。それは「自分で経験する以外にそれを経験する方法はない」「規律、集中、忍耐の習練を積まなければならない」

 人を愛するには、愛するしかない。その同語反復に至る最終盤の論理が、ロックンロールでかっこいい。「人を愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に全身を委ねることである」

 人類を信じる。「信じる」という行為に、身投げする。

 ラブは、ギャンブルだ。=朝日新聞2021年2月20日掲載

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 鈴木晶訳、紀伊国屋書店・1430円=5刷4万5千部。20年9月刊。訳者の鈴木氏が30年ぶりに自身の訳文に手を入れた改訳・新装版。読者層は女性が6割で、特に20~40代が多い。