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コマヤスカンさんの絵本「新幹線のたび」 新幹線×絵地図で、青森から鹿児島まで

文:加治佐志津、写真:本人提供

鳥瞰図絵師・吉田初三郎に憧れて

―― 新幹線を乗り継いで、雪の残る青森から、桜が咲き始めた鹿児島まで。『新幹線のたび ~はやぶさ・のぞみ・さくらで日本縦断~』(講談社)は、女の子とお父さんの二人旅を、沿線のパノラママップとともにたどる絵本だ。びっしりと描き込まれた各地の街並みや名所、山々は、鉄道ファンならずとも思わず見入ってしまうことだろう。作者のコマヤスカンさんは元三重県職員。2年前まで県職員と絵本作家を兼業してきた。

 忍者の里として知られる伊賀地域に三重県の事務所がありまして、2004年から3年ほど、そこで商工担当をしていたんですね。観光振興のために伊賀地域を紹介するイラストマップを描いたんですが、それを熊野古道の観光振興を担当していた職員が見て、こっちも手伝ってくれと言われまして。ほとんどボランティアみたいな形で、「熊野古道伊勢路図絵」のイラストも描きました。

三重県職員時代に手がけたイラストマップの数々

 『新幹線のたび』は、それらのイラストを見た当時の担当編集からの提案で始まった企画です。2010年12月に東北新幹線の八戸駅-新青森駅間が開業、2011年3月には九州新幹線が全線開業するということで、そのタイミングに合わせて新幹線と地図をかけ合わせた絵本をつくりましょう、と。デビュー作『あっぱれ!てるてる王子』(講談社)が2009年4月に出版されたんですが、その半年後ぐらいには『新幹線のたび』に取りかかっていました。県の仕事との二足のわらじで、1年半ほどかけて制作していった感じですね。

 じつは鉄道についてはまったく興味がなかったので、いろいろな本や資料を見て一から勉強しました。でも新幹線は勉強してみると面白くて、楽しみながら描きましたね。絵地図はもとから好きだったんです。明治の終わりから昭和初期にかけて活躍した吉田初三郎さんという鳥瞰図絵師がいるんですが、その方がすごく面白い見せ方の絵地図をたくさん残されていて。『新幹線のたび』制作中も、吉田さんの作品を意識しながら描いていました。この絵本を描く原動力のひとつは、吉田さんへの憧れだったと思っています。

絵地図の下絵。絵本より一回り大きなサイズで描いていた

青森から鹿児島までを15分割

―― 新青森駅から鹿児島中央駅までの新幹線の旅。絵本の制作は、地図をどのように分割して見せるかを考えるところから始まった。

 絵本は短いもので24ページ、通常32ページ。最初の扉のページと最後のページを除くと、中面が30ページ、つまり15見開きあります。そこで、青森から鹿児島までを15分割でどのように見せるか、という構想から始めました。どう切り取っていけば飽きずに見せられるか、その場所の特徴が出せるか、というのを、地図とにらめっこしながら考えて分割していくという作業です。

『DX版 新幹線のたび ~はやぶさ・のぞみ・さくらで日本縦断~』(講談社)より

 地図を描くにあたっては、今ならGoogleEarthが活用できると思うんですが、当時の私のパソコン環境では思うように動かせなかったので、「カシミール3D」というソフトでつくった地形図を参考にしました。国土地理院の地図が入っていて、それを立体的に表現できるソフトです。ただ、それをそのまま描くだけでは自分のイメージした絵にならないので、視点を変えて作成した地形図のプリントアウトを何枚か並べた上で、平面の地図と見比べながら描いていきました。

 インターネットで描きたい街の航空写真を画像検索してイメージをつかんだりもしましたが、実際の大きさでは描き込めないので、その街の主な観光施設やランドマークになるようなものだけきちんと押さえたら、あとはかなりデフォルメして、想像で描いたというのが実際のところですね。

―― 見開きの上から3/4が絵地図で、下から1/4は車内の様子、その境目には新幹線の路線、という構図もこの絵本ならではの特徴だ。

 地図だけでは成り立たないので、ページを分割して車内での様子も見せることにしました。主人公の女の子とお父さん以外のお客さんたちも、どこから乗って、どこに何をしに行くのかなど、それぞれ設定を考えて描いています。

絵地図と車内は別々に描いた

―― 制作の途中、実際に編集者と二人で新幹線に乗りに出かけたという。

 『新幹線のたび』は九州新幹線全線開業に合わせて2011年3月に出版されることになっていたので、ストーリーも3月の春休みという設定にしています。取材旅行はその前年、2010年の3月に行きました。車窓からの景色は、防煙壁に遮られたりトンネルを通過したりで、見えないところも多いのですが、季節感を確認するという意味合いで乗りに行くことになったんです。ただ、その時点ではまだ、新青森駅から鹿児島中央駅までの全部を新幹線で行くことはできなかったので、新幹線の走っていないところは在来線をつないで行きました。実際に行ってみて、青森は雪景色なのに九州に行くと菜の花が咲いていて、同じ日本でもここまで季節感が違うのかと驚きましたね。

 新青森駅は、インターネットで見つけた建築中の構内の写真数点を頼りにほとんど想像で描きました。はやぶさも当時はまだ実物が走っていなかったので、プロトタイプ車両をもとに描いたんですが、開通の2カ月前くらいになってやっと実物の車両の写真が公開されて、それを見たら、座席の色が違っていたんです。慌ててなんとか塗り重ねてそれらしく仕上げましたが、資料不足には随分と苦労しましたね。

仕事場の様子。下絵はシャーペン、Gペンや丸ペンでペン入れしてから、カラーインクを使って、筆で彩色している

次作は明るい未来を描いたSF

―― 2014年には、新車両や情報を加筆修正した特別編集版『特大日本地図つき DX版 新幹線のたび ~はやぶさ・のぞみ・さくらで日本縦断~』が出版された。さらに2016年にはシリーズ第2弾となる『新幹線のたび ~金沢から新函館北斗、札幌へ~』も出版されている。

 2014年は新幹線の開業50周年で、新幹線の車両が軒並み変わったので、描き直すことになったんです。原画では車両だけ別の紙に描いて、デザイナーの方にはめ込んでもらっていたので、車両を変えるのはまったく問題なくできました。

 車両を描き直しただけではつまらないから付録をつけようということで、特大日本地図を描くことになったのですが、どのように見せるか、かなり迷いましたね。東京を真ん中にして日本列島を湾曲させて描こうかなとか、いろいろな構図を試してみたのですが、どれもうまくいかなくて。最終的に、絵本でたどったルートの逆で、鹿児島から青森まで振り返るような構図でパースをとったら、うまく収まりました。

『DX版 新幹線のたび ~はやぶさ・のぞみ・さくらで日本縦断~』(講談社)にはA2サイズの特大日本地図ポスターがついてくる

 第2弾の『新幹線のたび ~金沢から新函館北斗、札幌へ~』は、北陸新幹線が金沢まで開通したのと、北海道新幹線の開業に合わせて描きました。大宮から青森までは第1弾と同じ路線なんですが、日本海側の金沢から入って、そのまま東北も山側から見た景色を描いたので、かなり違った印象になったかと思います。

―― 第2弾には新幹線総合車両センターも登場。はやぶさ、こまち、イーストアイなど、ずらりと並ぶ新幹線は鉄道好きにはたまらない光景だ。

 ずっと地図ばかりだと息が詰まってしまうので、どこかで抜ける場面がほしかったんですよね。第1弾では富士川鉄橋のところで富士山を描いたのですが、それに匹敵するようなものがなかなかなくて。いろいろ考えた結果、車両基地を描きました。他にも、マンネリ化を避けるために、乗客の中にご当地の有名人を潜ませたりといった遊びをところどころに入れています。じっくり見て楽しんでいただけたらうれしいですね。

―― 「新幹線のたび」シリーズの他にも、『ドングリ・ドングラ』(くもん出版)や『決戦! どうぶつ関ヶ原』『トーキョードリームマラソン』(講談社)など、緻密に描き込まれた作品を多く生み出しているコマヤさん。次の作品は、火星を舞台にした宇宙冒険モノの予定だ。

 映画「スターウォーズ」の影響で、昔からSFやファンタジーが好きだったんです。私が子どもの頃は、SFモノを見ていてもわりとおおらかで、科学技術が発達すれば人間の生活は豊かになるもんだと思い込んでいました。でも今は、地球温暖化をはじめ問題がいくつもあって、明るい未来像が描きにくくなってきていますよね。そんな今だからこそ、宇宙には希望がある、未来は明るい、と思える作品を描きたいと思ったんです。

 他にも、飛行船で世界を巡る俯瞰図の絵本も制作中です。『新幹線のたび』も、今ならもっと細かく描けるはずなので、新幹線が札幌までつながる頃にまた描き直せたらいいなと思っています。