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AIが人間以上の俳句を作って、選句もできる時代になる!? 俳句AI「一茶くん」のいま

文:高松霞、写真:朝日新聞社(一茶くんをイメージしたぬいぐるみ)

 風景画像から俳句を自動生成するAI開発がスタートしたのは、2017年9月のこと。翌2018年2月のNHK番組「超絶凄ワザ!」では、AIと人類の俳句対決が行われた。紅葉の画像を題に、AIが詠んだ句は<旅人の国も知らざる紅葉哉>。大塚さんは人類代表として<ひざらしや紅葉かつ散り水に傷>と詠み、AIに勝利した。

 人工知能による文芸創作が世界的に研究される中、俳句界では目立ったAI俳句の議論がなされていない。その理由を「人間の優位性、唯一性のようなものが、脅かされる面がある気がするのではないか」と大塚さんは指摘する。俳句の価値観を定義していくと、人間とAIの類似点と、AI俳句の課題が見えてきた。

「一茶くん」の学習データは7万句

――そもそも「俳句AI」とはなんでしょうか。過去、同じ七五調の短歌界では「星野しずる」(※)が話題になりましたね。

 ※2008年に歌人の佐々木あらら氏が作成した短歌自動生成スクリプト。20種ほどある構文レシピを無作為に選び、57577の短歌を生成する

 「星野しずる」って、単純なアルゴリズムだと思うんですよ。確率で作っている。飛躍的な言語操作に頼った書き手を批判するという、一種のカウンターとして生まれたわけですよね。

 確率で操作をするのはAIも同じですが、重み付けをするところがまず違う。AI俳句「一茶くん」の学習データは約7万句。小林一茶、松尾芭蕉、正岡子規、現代俳句のデータベース、それから僕の句が6000句くらい入っています。例えば、僕の句だけを選んで作ったもの、古俳諧から作ったもの、両方合わせて作ったものとでは、アウトプットが変わる。

 それって、人間も同じですよね。どの師匠につくのか、どの作家が好きか、どういう仲間とやるかによって、作品の傾向が出てくる。そういう意味では、人間の学習、インプットとアウトプットのアナロジーに近いのではないかと考えられています。

俳人の大塚凱さん

――文芸の世界では、海外ではシェイクスピアなどの文章を分析・生成するAIが(Google)、日本では星新一のAI(公立はこだて未来大学)が開発されています。

 散文は先行研究が多いと聞いています。膨大なデータがあるので、学習しやすい。それから、英語は研究対象とされやすいので、知見が溜まっている。日本語は少ない。その上、俳句は韻文なので助詞の使い方なども違いますし、使っている言葉は文語。とても特殊ですよね。教師データも先行研究も少ないという意味で、難易度が高い。今のAI俳句は、その点で障壁があるのだと思う。特に、俳句の「切れ」という概念をどうやって実現するのかが、非常に難しいんだろうなと思います。

AI俳句の「切れ」「季語」

――なぜ俳句には「切れ」が必要なのでしょうか? 俳句AIがアウトプットした俳句は「十七音であるもの」「季語をひとつ含むもの」「切れ字(や/也、かな/哉、けり)をひとつ以下含むもの」「既存の俳句(学習データ)と類似していないもの」を成功条件とし、選別されています。

 切れって、転換だと思うんですよ。場面転換もそうだし、僕は人称が転換することなんだろうなと思う。俳句は一人称と言われているのですが、言葉使いは最初から最後まで一人称ではないわけです。

 例えば、俳人の生駒大祐(1987-)の<ひぐまの子梢を愛す愛しあふ>という句。対象は「ひぐまの子」なんですね。「梢を愛す」までは。でも「ひぐまの子梢を愛す/愛しあふ/」で切れた時に、愛し合っているのは、ひぐまと梢。ここで人称の転換がある。三人称単数が、三人称複数になっているかもしれない。特定のものは示唆されていないわけですよ。愛し合っているのはひぐまと梢なんだろうなとは思うんですけど、もっと大きい、何者かわからないようなものである可能性がある。主語が溶け込んでしまって、みんなが愛し合っているかのような。そういう奥行きを生み出したのが、切れというコードだと思っています。

 AI俳句から挙げると、<水仙やしばらくわれの切れさうな>。この句を「自分がブチ切れそう」とは読みたくないなと思っていて。水仙の立ち姿があるので、鋭利な自分というか、精神性の話だと解釈したい。植物の構造があって、水辺があって、それが我だと言っているので、ナルキッソス的な世界観に広がっていくわけですよ。水面に映っている自分を見つめているようなムードがある。それは水仙という季語の力だろうなと思います。

「AI一茶くん」が詠んだ俳句(©朝日新聞社)

――季語は、近代になって編纂されたものですね。歳時記や季寄せには、季語の説明だけではなく、その季語の例句も載っています。

 季語はデータベースなんです。季語には、それまで作られてきた俳句や、生活のイメージが蓄積されています。そういう言葉がひとつあると、一句のどこを読み込めばいいか、わかりやすく提示できる。十七音という少ない資源で、効率的に情報を伝えられるんです。

 AI俳句の<逢引のこえのくらがりさくらんぼ>なんて、まさにそう。「逢引のこえのくらがり」だけでは、景色がぼんやりしている。そこで「さくらんぼ」と言われると定まる。家でパクパク食べてるさくらんぼじゃないんだろうなっていう気がするじゃないですか。さくらんぼには、濃い恋愛のイメージもあれば、さくらんぼ農家、さくらんぼ狩りみたいなイメージもある。高浜虚子(1874-1959)の<茎右往左往菓子器のさくらんぼ>が、物として書いているのに対して、<逢引の>は叙情で書いていますよね。

AIが人間に勝つ日は来る?

――俳句において、評価される作品とは、どのようなものですか?

 顔立ちが整っている、というか。この人は美人だなあって思うのって、なんらかのパラメーターがあると思うんです。時代によっても地域によっても違う。パラメーターのバランスとか、絶対値とかで決まってる感じがする。

 ただ、個人的に惹かれるかどうかは別で。例えば、京極杞陽(1908-1981)の<ふとアイスクリームといふことばいで>という句。切れがないことで韻律が緩くなるので、その緩さを忌避する読み手はいると思う。でも、この句は前書きに<終戰>って付いてるんですよ。時代背景を知ると一気にいい句に見える。ズルいですよね。AI俳句も、学習次第で同じことができると思う。終戦とアイスクリームの距離感で取り合わせれば、それなりに人を惹きつけられる句ができると思うんです。

――「凄ワザ」の対決では、大塚さんは人類代表としてAIに勝利しました。作品の質で、AIが人間に勝つ日は来るのでしょうか。

 あれは、人間が採点をしている時点でフェアじゃなかった!(笑) そもそも、今のところAI俳句の選は人間がしているわけで、一種のドーピングではあるんです。選んだ人間の目が句に出る。AIは何万句でも一瞬で出せるので、これはっていうのを50句選んで、組み立てて、連作にして提出したら、俳句賞でもいいところまでいく可能性は高い。ただ、選ぶことを自力でやっているわけではないから、若干不完全な感じがする。

 作者の人格が作品に投影されるというのが、近代以降の文学志向であり、近代俳句のありかただったと思うんですが、AIにはないわけですよね。オートマチズムに接近していくけれど、その偶然性を寿ぐのはもう古い気がする。AIは確率でやっているけれど、重み付けをしているのは偶然ではないので。

AIになくて、人間にあるもの

――高浜虚子に「選は創作なり」という言葉があります。人間からの反論があるとしたら、「AIは選ができないじゃないか」というところだと思います。

 原理的には、できます。いま頑張っているところです。だって、それを言っているあなたの選句眼自体も、何から影響されているんですかって(笑)。人間しかできないことって、そんなにない。

 AIと人間が違う点は、例えば1年間俳句を全く書かないでいて、その間に色々な経験をして戻った時に、1年前とは全く違う俳句を作る可能性がある。逆に、俳句だけやっていても、うまくはなるけど、いい作品が作れるとは限らないわけで。学習の教師データが流動的で、可塑的なものからも吸収できるというのは、AIにはないものかなと思います。

 北大の研究室の方々は修士や博士ですから、僕と同い年くらい(2019年のインタビュー当時、大塚さんは東京大学に在学中)。みんな俳句のことはわからないって言ってるんだけど、中心で開発している方は開発の過程で俳句をだいぶ読んでいて。1回句会をやったけど、いい句を書いてた。彼も学習してるんだなあって(笑)。

インタビューを終えて、AI俳句の現在

 北海道大学の山下倫央准教授によると、2021年のAI俳句は、文章生成モデル「GPT-2」を用いて俳句を生成している。俳句以外の文章や画像といったマルチモーダルなデータを用いて、画像を解析して俳句を生成し、その俳句から画像を生成し、また俳句を生成する、といった研究が行われている。

 人間として気になるのは、「AIに選ができるのか」という点だ。AI俳句には「俳句を生成する機能」と「俳句を選ぶ機能」がある。選ぶ機能に関して、例えば「古池や蛙飛び込む水の音」の下五を「音の水」に変える。これが間違った俳句であるとAIに学習させることで、句の点数を付けることができる。また、人間が詠んだ「選者に選ばれなかった俳句」も収集し、選者に選ばれた俳句と選ばれなかった俳句の区別を学習させることで、今後選者としての役割に近づけるようになるという。今夏、AI俳句の開発過程と作品をまとめた書籍が出版予定とのこと。楽しみに待ちたい。

 詳しくは調和系工学研究室ホームページで。