1. HOME
  2. 書評
  3. 「戦争が巨木を伐った」書評 百万本以上「出征」の空白埋める

「戦争が巨木を伐った」書評 百万本以上「出征」の空白埋める

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月24日
戦争が巨木を伐った 太平洋戦争と供木運動・木造船 (平凡社選書) 著者:瀬田勝哉 出版社:平凡社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784582842364
発売⽇: 2021/01/22
サイズ: 20cm/526p

「戦争が巨木を伐った」 [著]瀬田勝哉

 戦時中、日本の輸送船が攻撃で次々沈められると、急遽(きゅうきょ)、木造船を増産するため、大量の木が伐られた。1943年2月、「軍需造船供木運動」の始まりだ。
 林業だけでは追いつかない。そこで平地の屋敷林や社寺境内林、並木や防風林まで目をつけられた。半年足らずの間に、全国から百万本以上の巨木が「出征」する。日光や箱根の杉並木さえ一時は危うかった。
 木にとっての一大事。だが研究は乏しく、記憶されてもいない。この空白を、一挙に埋める本が現れた。
 政府、自治体、業界団体、そして供出に応じた側。各自の立場と思惑を、史料の行間に読みとっていく。美談や「熱誠」を演出して競争心をあおる官製「国民運動」や、木材業界の「買いあせり」からは、きれいごとではすまない、戦時に充満する空気が伝わる。
 かけ声通り、木々は「お国に役立て」られたか。本書の後半では埋もれた極秘資料により、急ごしらえの造船所や粗製濫造(そせいらんぞう)の木造船の詳細が初めて明らかになる。進水しても肝心のエンジンが調達できず、竣工(しゅんこう)に至らぬ船が続出した。材木のまま敗戦を迎え、闇に消えた隠退蔵物資は数多い。戦火を生き延びて戦後復興に貢献した小型船も、高度成長で忘れ去られた。
 著者は大学で木を主題とするゼミを長年開き、樹木史を立ち上げた中世史家。かつての学生の卒論から知り得た者の責務として、あえて現代史に踏み込んだ。戦時の報道とのズレを解き明かす実地調査の様子は、まさに歴史家の仕事ぶりと言える。複雑な過程が図解や数量化でよく整理され、写真や引用も豊富だ。
 どこまでも「人間の都合」による惨事を、著者は木に代わって「悔しい」と嘆く。「ご先祖様」が育ててくれた大事な木を複雑な思いで見送った人々。木を切らせぬように抵抗の論理を駆使した人々。それぞれの声を遺族から聴き取る姿勢は、木と人間との関係を究めたこの著者ならではだろう。
    ◇
せた・かつや 1942年生まれ。武蔵大名誉教授(京都中世史、木の社会史・文化史)。著書に『洛中洛外の群像』など。