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町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』 届かない叫びを受け止める

 広大な海のなかに〈世界で一番孤独なクジラ〉がいるという。

 通常、クジラは仲間たちとコミュニケーションをとるために10ヘルツから39ヘルツの声で鳴く。しかし、本書のタイトルとなっているのは「52ヘルツのクジラ」。その声は、あまりに高音であるため、他のクジラには届かない。聞こえなければ出会うこともできない。孤独なクジラの声を受け止めてくれる仲間は、どこにもいないのだ。

 主人公の貴瑚(きこ)は、ある日出会ったまったく言葉を発することができない少年に、そのクジラの話を聞かせる。「わたしは、あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ」

 東京から、大分の海辺の町に立つ、祖母が遺(のこ)した一軒家に越してきた貴瑚は、自分と同じ匂いがする、親から愛情を注がれていない孤独な少年を見過ごすことができなかった。物語は母親から「ムシ」と呼ばれ、虐待を受けている少年の今と、近隣の老人たちにあらぬ噂(うわさ)をたてられている貴瑚の過去を、じっくりと描き出していく。

 かつて母親の再婚で家族から疎外され、病床についた義父の介護で自己犠牲を強いられていたにもかかわらず、「助けて」と声を出せずにいた貴瑚は、実家を離れた今も、心と体に未(いま)だ癒えぬ傷を抱えてもいた。痛みを知る貴瑚は、今まさに血を流し続けている少年に、寄り添い手を伸ばし、救いたいと願う。

 しかし読者の胸には、そんなふうに綺麗(きれい)にはまとめられない、声なき声の叫びが刻まれる。虐待されている子どもだけではない。自身の周囲にも、声をあげられずに苦しむひとや、小さな声しか出せず足搔(あが)いているひとがいるかもしれないと気付かされるのだ。自分にはなにができるのか。どうすればいいのか。「考えなしの善意」とはなにかと、考えずにはいられなくなる。

 本屋大賞受賞作という冠によって、より多くのひとが耳をすますようになるだろう。声をあげる。受け止める。促された勇気と覚悟を、持ち続けたい。=朝日新聞2021年4月24日掲載

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 中央公論新社・1760円=16刷39万部。2020年4月刊。読書メーター OF THE YEAR 2020も第1位に。