- 世界を敵に回しても、命のために闘う(瀧野隆浩、毎日新聞出版)
- 分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議(河合香織、岩波書店)
- 新型コロナウイルス ナースたちの現場レポート(日本看護協会出版会編集部編、日本看護協会出版会)
新型コロナウイルス感染症のパンデミックから1年以上が経過した。窮屈な生活にも慣れてきたが、流行初期の恐怖にかられた混乱の経験は多くの教訓と知恵を残している。
『世界を敵に回しても、命のために闘う』の副題は「ダイヤモンド・プリンセス号の真実」。大型クルーズ船内で起きた集団感染は日本が最初にコロナの危機に直面した事件だった。
多くの人は神戸大教授で感染症専門医の岩田健太郎氏が「悲惨で怖い」と言った船内の映像を覚えているだろう。
だが、それは真実の一部でしかない。本書では船内で最前線に当たった医療関係者や自衛隊部隊、官僚、そしてこの事態に直面した神奈川県の医療事情に精通した顧問に取材し、船内では何が起こっていたのか、どのように終息に向かったかの経過が記される。彼らの思いはひとつ。「救える命は救う」。背水の陣で彼らは対処したのだ。
この事件と同時期、コロナ対策のため厚労省内に専門家によるアドバイザリーボードが立ち上がる。後に「コロナ対策専門家会議」となり初期の対応に大きな影響力を及ぼした人たちだ。
『分水嶺』はこの会議の発足から解散までの約五カ月を、関係者への丁寧な取材によって明らかにした傑作である。インタビューでは各人の個性が光り、彼らが置かれた環境や待遇への怒りや政府との軋轢(あつれき)も明らかになる。著者は、彼らの超人的な仕事ぶりに隠れたプライバシーにも踏み込んでいく。
驚かされるのは、あくまでこの会議が政府に対して対策を「助言」するためのものであったことだ。劣悪なネット環境や人的支援もないなか、責任だけを負わされていた。政策自体が曖昧(あいまい)なため矢面に立たされたり、時には国民の批判から逃れるための隠れ蓑(みの)にされたりしていたことが明かされる。
過労に倒れる者もいたが、彼らは終始、意気軒高だった。パンデミック初期の日本の舵を取ったことは確かだ。
『ナースたちの現場レポート』は日本看護協会出版会が総力を挙げて行った、ありとあらゆる医療最前線の総記録である。執筆者162人、756ページという大部の本には、ナースだけでなく病院の対策本部や専門医師の学会、困窮者や障害者の支援施設、そして遺体を搬送した葬儀社まで、独自に行った対策や正直な心境、課題などをリポートしている。今後の展開や新しい感染症の場合でも教科書となりうるほどのオペレーションが記されている。
医療専門職としての誇りや責任だけでは語ることのできない恐怖や絶望感もありのままに描かれ、時に胸を突かれ涙がこぼれた。私たちは彼らに助けられている、その思いを強くした。=朝日新聞2021年4月28日掲載