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スティーヴン・キング「アウトサイダー」書評 不可能犯罪に潜む謎、疾走感たっぷりに描く

文:朝宮運河

 ホラーの帝王にして現代アメリカを代表するベストセラー作家、スティーヴン・キングの長編『アウトサイダー』(白石朗訳、文藝春秋)が邦訳された。本文2段組、上下巻合わせて650ページ超というボリュームに圧倒され、購入後しばらく手をつけずにいたのだが、ゴールデンウィーク初日に何気なく読み始めたら止まらなくなり、その日のうちに読み終えてしまった。この疾走感とサスペンス、近年のキング作品でも群を抜いている。

 舞台はオクラホマ州。ありふれた地方都市フリントシティで、陰惨な殺人事件が発生する。13歳の少年が誘拐され、陵辱された後、無惨な死体となって発見されたのだ。目撃証言や遺留品に残された指紋から、犯人は教師で少年野球チームのコーチであるテリー・メイトランドだと判明。逮捕を急いだ警察は、衆人環視のもとテリーに手錠をかける。

 しかしテリーには鉄壁のアリバイがあった。事件当日、テリーは教職員の会議に出席するため、フリントシティから遠く離れた町に滞在していたのだ。フリントシティ市警の刑事ラルフ・アンダースンは頭を抱える。もしテリーの証言が事実だとしたら、現場付近で目撃されたテリーそっくりの人物は何者なのか?

 2つの場所に同一人物が現れる。まるでポーの短編「ウィリアム・ウィルスン」のような謎を解決すべく、ラルフやテリーの弁護士ハウイー・ゴールドらは知恵を絞り、手がかりを集めていく。近年はミステリー小説にも力を入れ、長編『ミスター・メルセデス』でアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)を受賞しているキングだけに、異常な事件を各分野のプロフェッショナルが追いかけるくだりの面白さは折り紙つき。骨太なタッチで、調査の過程を叙述していく。

 しかし調査会社〈ファインダーズ・キーパーズ〉調査員のホリー・ギブニーが登場し、ラルフたちにある事実を告げることで、事件の様相は一変する。ミステリーから、ホラーへ。生々しい人間たちの駆け引きから、人知の及ばぬ領域へ。このシフトチェンジの大胆さこそ、本書の大きな読みどころだ。いくつもの手がかりが人間社会の裏側に潜む〝アウトサイダー〟の存在を指し示し、ラルフたちはおぞましい存在との戦いに巻き込まれていくのだ。

 B級映画を思わせる真相は、ある意味では荒唐無稽といえるかもしれない。しかしジャンクな素材を超一級の現代エンターテインメントに仕立ててしまうのが、キングという作家のすごいところ。絶望に打ちひしがれた人びとの格闘と再生を、複数の視点から描ききっており、大人の人間ドラマとして読み応えがある。ラルフとホリーの立場を超えた連帯関係も、作品をより印象的なものにしていた。

 近作「ビル・ホッジス」シリーズのレギュラーキャラクター、ホリーが再登場を果たすばかりでなく、往年の名作『IT』を思わせるような展開も含んでおり、キングファンならまず読んで損のない一作。おなじみ藤田新策による装画、白石朗による訳文も相まって、「キングを読んだぞ!」という心地よい満足感が得られることだろう。

 もちろんまだキングを読んだことがない、というビギナーにもおすすめ。『キャリー』でのデビュー以降、激変するアメリカ社会と格闘しながら、常に進化を続けてきたキング小説の最新の形がここにはある。