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「物理学者のすごい思考法」書評 世界の美しさを探し求める愉悦

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月08日
物理学者のすごい思考法 (インターナショナル新書) 著者:橋本幸士 出版社:集英社インターナショナル ジャンル:経営・ビジネス

ISBN: 9784797680676
発売⽇: 2021/02/05
サイズ: 18cm/221p

「物理学者のすごい思考法」 [著]橋本幸士

 物理学者は、自分たちのことを、おそらく自負を込めて物理屋と呼ぶ。では、物理屋とはいかなる人種なのか。本当に知りたいと思う方には必読の書である。
 著者が優れた物理屋のみならず、稀有(けう)なオモロイ物書きでもあることをカムアウトしたのは、大阪大学へ赴任された後だった。東京で隠していた才能が、生まれ育った「笑いをとってナンボ」の大阪で全開したのは、物理学的必然だろう。
 目次の前に明記されている使用上の注意や取り扱い上の注意、そして、最後の問診票は、本書の楽しさを端的に象徴している。
 タネと皮を過不足なく使い切る手作りギョーザの定理や、たこ焼きの半径の上限が2センチである理由を数学と物理を駆使して証明する。そんな著者の性癖にあきれる読者も多かろう。しかし、同業者である我々には何の違和感もない。
 むしろ著者の会心の数学的結論を聞かされるつど、さらに優れた直感的正解を即座に言い放つ奥様の知性の方により強く感動した。その珠玉の名言の数々は実際に読んでご確認頂きたい(夫婦揃(そろ)ってコテコテの関西人なのか?)。共著の次回作『物理学者の妻のすごい思考法』を期待したい。
 とはいえ、本書は物理屋の生態についての単なる小ネタ集ではない。特に第2章「物理学者のつくり方」では、著者が数学でなく物理する人生を選んだ理由、床から天井まで壁一面を埋め尽くす黒板を前に思索する愉悦、物理学で世界とつながっている実感と「神」と触れ合う瞬間を夢見る日々、などが語られる。
 そこでは、照れ隠し的な笑いのネタが抑えられている分だけ、物理を愛し、そこに世界の美しさを探し求める(大阪人的ではない)著者の文学的素顔を垣間見ることができてうれしい。
 使用上の注意には、物理学者の人は服用前に書店に相談せよとある。幸いすでに物理屋に免疫を持つ私には、重篤な副反応は現れていない(今のところ)。
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はしもと・こうじ 1973年生まれ。大阪大教授(理論物理学)。著書に『超ひも理論をパパに習ってみた』など。