澤田瞳子が薦める文庫この新刊!
- 『神を統べる者(三)上宮聖徳法王誕生篇(へん)』 荒山徹著 中公文庫 1012円
- 『新・水滸後伝』(上・下) 田中芳樹著 講談社文庫 各814円
- 『豊臣探偵奇譚(きたん)』 獅子宮(ししぐう)敏彦著 ハヤカワ文庫JA 1012円
歴史の「奇」を楽しむ三作。
(1)日本史上屈指の有名人・聖徳太子――もとい厩戸皇子(うまやとのみこ)の若かりし日を描いた伝奇小説三部作の完結編。尋常ならざる力を持つ厩戸が倭国(わこく)を追われる第一部、道教教団との対立を経て、インドへ向かう第二部、悟りを開いた厩戸が帰国し、仏教導入の急先鋒(きゅうせんぽう)となる第三部は、いずれも一般的な聖徳太子イメージとはほど遠い。だが本作を手に取った読者は必ずや、史料の乏しい七世紀の東アジアが舞台とは思えぬ壮大な奇談に、これまでの先入観をたやすく手放すはず。豊潤な物語の世界にのみ込まれること間違いなしの大作だ。
(2)中国古典の大作『水滸伝』およびその後日談である『水滸後伝』。その名をご存じの方は多かろうが、実際に原著を手にした読者は少なかろう。本作はあの滝沢馬琴も影響を受けた『水滸後伝』を、筆者が全く新しい物語に紡ぎ直した長編。時は十二世紀、北宋末期。世の悪政を滅ぼすために戦い、一度は敗れた男たちが再び、変わらぬ夢を抱いて立ち上がる。胸がすく彼らの好漢ぶりに、歴史への苦手意識すらふっ飛んでしまうに違いない。
(3)主人公・豊臣秀保は豊臣秀吉の甥(おい)。十三歳で大和国の主となった彼が、散楽芸の少女たちやかつて織田信長に仕えた黒人・ヤスケたちに守られながら、数々の怪異と日本史上の謎に挑む連作短編。混沌(こんとん)の時代にふさわしく、意外な人物までもが次々と顔を出す。暴君と評されることの多い秀保への、筆者の温かな眼差(まなざ)しも注目だ。=朝日新聞2021年5月29日掲載