三五館シンシャが刊行した「生活と痛みのドキュメント」シリーズが好評だ。『交通誘導員ヨレヨレ日記』(柏耕一著)、『派遣添乗員ヘトヘト日記』(梅村達〈たつ〉著)、『メーター検針員テゲテゲ日記』(川島徹著)、『マンション管理員オロオロ日記』(南野苑生〈そのお〉著)、『非正規介護職員ヨボヨボ日記』(真山剛〈ごう〉著)の5作品。いずれも高齢者の体験記で、累計で約20万部に達した。
三五館シンシャは、社長の中野長武(おさむ)さん(44)だけの出版社。2019年春、1作目『交通誘導員…』の著者、柏さんから日常を書いた原稿が持ち込まれた。「三つの出版社に断られた」というが、読んでみるとめっぽうおもしろかった。「当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます」と表紙に刷り込んで刊行したところ、高齢の読者を中心に評判を呼んだ。
中野さんは「誰もが見かけているけれど、中身はよく分からない。どんな仕事か知りたいというニーズがあると思った」と話す。ところが、読者の興味は「年金が受給できる年齢になっても働かなければならない現実」に集中。身につまされた人たちが購入していた。
この作品が呼び水になり、仕事を持つ高齢者から次々と原稿が持ち込まれ、2作目以降が書籍化された。
それぞれのキャッチコピーはこうだ。「当年66歳、本日も“日雇い派遣”で旅に出ます」(派遣添乗員)。「1件40円、本日250件、10年勤めてクビになりました」(メーター検針員)。「当年72歳、夫婦で住み込み、24時間苦情承ります」(マンション管理員)。「当年60歳、排泄(はいせつ)も入浴もお世話させていただきます」(非正規介護職員)。
どの作品も、理不尽なことに耐えながら額に汗する姿が哀感たっぷりに描かれる。だが、ユーモアもちりばめられており、軽妙な筆致なので読後感は決して重くない。
中野さんは「若い人たちにも、ぜひ読んでほしい」と言う。「人生は想像できないことばかり起こる。5作の著者も若いころは会社社長や外資系企業のビジネスマン、塾講師などで、羽振りがいい時期もあった。なのに歯車が狂った。でも、どこにたどり着いても喜びや生きがいはある。そんなことを知ってほしい。どのような仕事も尊いということも」
中野さん自身も波乱の人生だった。就職氷河期に30社以上落ちた。ようやく入った小さな出版社に18年勤めたが、そこが倒産。17年暮れに、ひとりの出版社を立ち上げた。
今も、仕事を持つ高齢者からひっきりなしに原稿や企画が持ち込まれる。どれくらい書籍化できるかは分からないが、ざっと挙げただけでも学校の先生や用務員、タクシー運転手、画家、たこ焼き屋、デパート販売員、托鉢(たくはつ)僧、風俗嬢――。この日記シリーズ、まだまだ終わりそうにない。(西秀治)=朝日新聞2021年5月29日掲載