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「多数決は民主主義のルールか?」書評 横暴防ぐ人権の砦 国民の手で

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年06月19日
多数決は民主主義のルールか? 著者:斎藤 文男 出版社:花伝社 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784763409645
発売⽇: 2021/04/20
サイズ: 19cm/175p

「多数決は民主主義のルールか?」 [著]斎藤文男

 「多数決は民主主義の基」とか「多数決に従え」が、いかにも万能薬のごとくに用いられる。それは本当か、詐術ではないか、との不安や不信がこの社会には広がっていまいか。そこにメスを入れた書を読みたいという思いから、本書を手に取ることになった。
 一読しての感想になるのだが、著者の「むすび」の言によってなるほどとうなずくことになる。
 多数決が民主主義の基という言い方は、民主主義を「多数の支配」と見るなら正しく、「人民の自己統治」と見るなら誤りということになる。加えて、多数決には「普遍的人権を侵害してはならない」という限界があるという。では人権とは何なのか。それは時代と社会により変わり、最終的には私たちの「意識と行動」が決定する。著者の説明はわかりやすい。
 こうした多数決の根本思想に行き着く道筋を、憲法学者として、ルソー、ロック、ミル、シュンペーター、トクヴィルらの論を引きながら整理していく。興味深いのは、インド出身の経済学者アマルティア・センによる、倫理的要求が法的権利になるプロセスの分析である。そこには認知の道、社会運動の道、立法化の道という三つの道があるという。立法化の道は、文字通り人権を法制化することで、司法がその強制力によって「人権の砦(とりで)」の役を果たすと見る。
 このような場合は、多数決が相応に意味を持つということなのであろう。著者の説明によると、多数決が横暴を極めるのも抑制されるのも、それぞれの国の民主主義理論とその制度の背景にいかなる思想があるのかが重い意味を持つという。著者自身、日本各地の市民立法運動に関わっているため、運動論を踏まえての体験も語られている。分析や指摘が現実的な視点に還元され、鋭さがある。
 民主主義下の多数決の有効性は、実は各国の国民の政治的成熟度にかかっている。
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さいとう・ふみお 1932年生まれ。九州大名誉教授(憲法学)。著書に『ポピュリズムと司法の役割』など。