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武田綾乃さんが青春を共にした吹奏楽曲「絵のない絵本」

 放課後になると、吹奏楽部員が奏でるラッパの音が聞こえていた。長く音を伸ばすのはロングトーン。皆で同じ音を奏でて音程を調整するのはチューニング。それぞれの音に意味があることを知ったのは、私自身がそうした部活に入ってからだった。

 小学校は金管バンド、中学校は吹奏楽部に入っていた。担当はユーフォニアムとチューバ、どちらも低音を担当する金管楽器だ。私が学生の頃はユーフォニアムの知名度が低く、「ユーフォって何?」と聞かれると「チューバの小さいやつ」と決まって説明していた。チューバは金管楽器の中で最も大きく、重さはなんと十キロほどある。オーケストラでもお馴染みの楽器だ。

 だから、「いや、そもそもチューバって何?」と聞き返されるともうお手上げだ。ユーフォニアムなんて伝えられるはずがなく、「まぁまぁまぁ」と曖昧に誤魔化すしかなくなってしまう。そうした経験から書いた小説が「響け! ユーフォニアム」だ。全国の吹奏楽部でユーフォニアムを担当している子達が、少しでも自分の楽器について説明しやすくなっていたら嬉しい。 

 吹奏楽部に入っていると、当然のことながら吹奏楽曲に触れる機会が増える。普段は聞き流していた曲も、これって吹奏楽の曲なんだ! と後から知って驚くことが多かった。例えば、日テレ系「ザ!鉄腕!DASH!!」の番組冒頭で流れる「天国の島」は2011年度の全日本吹奏楽コンクールの課題曲だ。

 コンクールに出場する際には、何度も何度も同じ曲を練習する。その為、三十近くなっても未だに当時の自由曲の楽譜やフレーズを覚えていたりする。「絵のない絵本」は、私が中学二年生の時の自由曲だ。作曲家は樽屋雅徳。彼は「マゼランの未知なる大陸への挑戦」や「マードックからの最後の手紙」など、多数の吹奏楽曲を手掛けている。この二曲にピンと来ない人は、身近に吹奏楽部経験者がいたなら「知ってる?」と聞いてみて欲しい。高確率で反応するはずだ。

 この「絵のない絵本」の元ネタはアンデルセンの描いた連作短編集だ。自由曲が決定した際、顧問はまず元ネタの小説を読むようにと言った。私は律義に読んだが、読んでいない友人の方が多かった。
 音源を聞き、楽譜を読み、自分のパートを歌い、そして吹く。コンクールの練習は過酷で、夏休みはほとんど部活によって潰れた。休日練習は九時から十六時で、さらには朝練習や居残り練習をする子もいた。これだけ頑張ったなら結果が出るに違いない! と思って迎えた本番では、残念ながら銀賞だった。うーん、現実は厳しい。

 コンクールにはろくな思い出がないが、それでもあの当時、青春を共にした曲たちのことは身体が勝手に覚えている。きっと私が四十になっても、六十になっても、コンクールで吹いた曲たちのことは忘れないだろう。当時いた五十名のコンクールメンバーたちは今やバラバラに生きていて、これから接点を持つこともないだろう。だけど、一見無関係に思える人たちがあの曲についてふと思い出す瞬間があるのならば、それってちょっと素敵かもしれない。