「くまの根」書評 対話に浮かぶ柔軟で明晰な思考
評者: 坂井豊貴
/ 朝⽇新聞掲載:2021年07月03日
くまの根 隈研吾・東大最終講義10の対話
著者:隈研吾
出版社:東京大学出版会
ジャンル:技術・工学・農学
ISBN: 9784130638180
発売⽇: 2021/05/19
サイズ: 21cm/408,6p
「くまの根」 [著]隈研吾
希代の建築家、隈研吾は自身の最終講義で、人生の節目に影響を受けた人々を招き、対話をした。その対話を一冊にまとめたのが本書である。並み居る対話相手のなかでも、圧巻は内田祥哉(よしちか)。当時94歳、隈が学生時代の恩師である。
スギは柔らかい素材で、現場で削って調整できる。しかし漆が塗られていると、削るわけにはいかない。これを内田は「スギは柔らかい素材ですが漆を塗った途端に硬い材料になると考えないといけない」と語る。そして建築では「硬い・柔らかい」は物理的に理解する話ではないのだという。なんと柔軟で、明晰(めいせき)な思考だろう。
隈は学生に戻ったように、内田の話を聞く。そのさまが読者に、学生時代の隈の心の躍動を追体験させる。この時間の流れは重層的だ。対話のテーマは、仮想空間の住居への導入など、先端技術にも及ぶ。隈は「一人の人間が世界にかかわれる時間は、驚くほどに短い」と未来に託すように語る。