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「方向音痴って、なおるんですか?」吉玉サキさんインタビュー 迷っても、楽しんじゃえばいい

吉玉サキさん

「方向音痴がなおったら」企画終了!?

――実は、私も方向音痴なんです。いつも初めての取材場所に向かう時は迷ってしまうので、時間を30分以上多めに見積もって出発します。吉玉さんも方向音痴だということですが、過去には山小屋で10年間働かれていたご経験もおありだとか。山で迷うことはなかったのでしょうか?

 よく聞かれるんです。10年間、山小屋で働いてきた中で、山で迷うことは一度もありませんでした。登山道はしっかり整備されていて、入ってはいけない道は閉ざされていたり、順路が明確に示されたりしているんですよ。なので、下界(登山者や山小屋スタッフの間でよく使われる言葉)の道よりはまったく迷わないんです。

――そうなんですね……! 確かに、目的地まで道が分かれていなかったら迷いようがないです。今回の書籍『方向音痴って、なおるんですか?』は、Webメディア「さんたつ」内の連載をまとめたものなんですよね。

 そうです。方向音痴にまつわるnoteを書いたら、それを担当編集の中村こよりさんが見つけてくださって、連載につながりました。「吉玉さんの方向音痴がなおったら企画終了です!」と言われたときは、無事に企画として成立するのか不安になりましたね……。

――本書は、実際に東京の池袋駅や北海道の札幌大通公園周辺を歩いたルポ、専門家の方たちにお話を聞いたインタビュー、コラム記事などが満載ですよね。認知科学者の新垣紀子先生に「方向音痴の人の脳の仕組み」について聞かれた項目など、興味深く読ませてもらいました。

 脳の仕組みについて聞いたり、地図や地形に詳しい方たちにその魅力を聞いたりしました。新垣先生のお話は興味深くて、「地図と現在地を照合するときは、目印を2つ以上見つけること」「歩き出す前にスタートからゴールまで地図でざっと確認しておくこと」といったアドバイスは、今でも実践しています。

 新垣先生によると、「歩いて来たときの記憶から方向のイメージを掴みやすい方と、そうじゃない方」がいるそうなんです。得意な方は常に、自分と目的地までの位置関係をイメージしながら動いている、と。私のように方向のイメージを掴みにくい場合は、事前に自分がどこにいるかを予習してから歩き出すだけで、迷う率が減るらしいです。

――世の方向音痴の方全員に知ってほしいです……! 歩き出しに迷わなくなるだけでも、方向音痴にとっては画期的な進歩ですよね。

 空想地図作家として活動されている今和泉隆行さん、東京スリバチ学会の会長で地形に詳しい皆川典久さんなど、各専門家の方たちのお話も面白かったです。「地図ひとつでこれだけ空想できるんだ!」とか「地形にも歴史やストーリがあるんだ!」とか、興味が尽きません。

 今和泉さんは、空想地図作家として”実在しない都市の地図”を作成されている方です。そして皆川さんは、あの「ブラタモリ」にも出演されタモリさんと街歩きもされている方。方向音痴だと、どうしても地図や地形に対して苦手意識を持ってしまいがちだと思うんですね。でも、お二人のお話を伺っていると、まずは地図や地形に興味を持ってみることが方向音痴の改善につながるかもしれないと思えてきます。

 専門家の方々のお話を聞かせてもらって、自然と「迷うことさえも楽しんでいいんだ」と感じるようになりました。方向音痴をなおすためにはどうしたら? と相談しても、「それさえも楽しんじゃえばいいんだよ!」って返ってくるんですよね。ああ、迷っても楽しんじゃえばいいんだ、って思えるようになってから、すっごく楽になって。

――盲点でした。今和泉さんも皆川さんも、散々「迷うこと」を楽しんできたからこそ、その言葉が説得力を持って聞こえるのかもしれませんね。

 そうなんです。少しネタバレになっちゃうんですけど、私、決してこの連載を通して方向音痴が完璧になおったわけじゃなくて……。でも、それさえも楽しめてるというか、「それが自分だ!」って受け入れられてるんですよね。

(取材場所の)神保町とかお茶の水とかも、路地が多くって、迷い込んだら思いもしない素敵なお店に出会えることもある。そう考えたら、迷うこともそんなに悪いことじゃないのかもって思えてきたんです。この本を読んでくださる方も、ぜひ「迷うことさえ楽しむ」感覚を味わっていただけたら、と思います。

コンプレックスとの向き合い方

――方向音痴であるがために、家族や友人との待ち合わせに遅れて迷惑をかけたり、面接などの大切な場に遅刻したりして、困ってる方も多いと思います。私を含め「方向音痴」を重いコンプレックスとして捉えてしまってる方もいるんじゃないでしょうか。吉玉さんは、ご自身の方向音痴についてどのように捉えてらっしゃいますか?

 「方向音痴でつらいな、しんどいな」と思ったことは、あまりないかもしれません。結局これまで何とかなってきましたし、運よく周りの人に助けてもらえることも多かったので。ただ、方向音痴であるがゆえにフットワークが重くなってしまう点は、ライターとしてネックだな……とは感じていました。ネタ集めにも苦労しますからね。

 フットワークが軽い人に憧れるんですよ。私の夫もそうなんですけど、「パッと思い立ったら出かけられるような人になりたい!」とずっと思っていました。知らない場所に行ってみようと思っても、どうせ迷うんだろうな……とすぐに億劫に感じてしまって。自分の生活範囲内でしか動けなくなっちゃうんですよね。

――自分のコンプレックスって、どうしても「周りの人との比較」から実感することが多いですよね。

 そうですね。仮にこの世界に自分ひとりしかいなかったら、「私って方向音痴なんだ!」って気づくこともないですよね。それに、ガラケーからスマホを持つ時代になったことも要因のひとつだと思います。ガラケー時代はみんな、いったん駅で待ち合わせてから目的地へ向かったけど、スマホ時代は現地集合が多くなったじゃないですか。Googleマップで地図を共有すれば、わざわざ待ち合わせる必要がないから。

――確かに「方向音痴」は時代性によって助長されてる面もあるかもしれません。

 私は方向音痴そのものを何とかするよりも、方向音痴の改善によってフットワークが軽い人に近づけたらいいな、と思ったんですよね。フットワークが重くなってしまうのは、何も方向音痴のせいだけじゃない。面倒くさがりな性格が関係していることもある。でも、だからこそ方向音痴さえクリアできれば、少しでもフットワークの重さを改善できるんじゃないか、と思ったんです。

 担当編集の中村さんから企画をいただいた当初は短期連載の予定だったんですが、思いがけず長期連載となりました。でもその過程を通して、自分と向き合うことができたのも貴重な機会だったと思ってます。

――吉玉さんのように、まずは「なりたい自分」を想像してから「じゃあ何ができる?」と考えてみると、そこまで自分のコンプレックスが重いものではないと思えてきますね。方向音痴というコンプレックスと真正面から向き合うよりも、改善しようとした先にどんな自分がいるか。それを想像してみることが大事なんですね。

>「あるある」のすべてに激しく共感 『方向音痴って、なおるんですか?』の書評はこちら