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「数学独習法」著者が語る、文系にもビジネスにも通じる「シンプル・イズ・ベスト」の数学的思考とは

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ビジネスの世界にもはや数学は不可欠

 2020年の初め、新型コロナウイルス感染症が世界中に広がって以来、多くの国々が外出制限などの厳しい措置をとる事態となりました。日本でも、同年4月7日に東京都など7都府県で緊急事態宣言が発出されたのを皮切りに、外出自粛要請や飲食店等への休業・時短要請など、国民生活に甚大な影響が及びました。

 日本で感染が拡大しはじめたころのテレビ報道を振り返ると、「指数関数」や「再生産数」など、普段聞きなれない言葉を耳にしたと思います。そういった言葉の背後には、感染拡大の勢いを予測するための数式があり、それをもとに対策を立てる専門家集団がいました。

 感染はどれくらいの勢いで広がっていくか、どこまで接触を抑えれば感染が収まるのかといったことは、すべて数式から導き出すことができます。手洗いやマスク着用が基本的な対策であることは言うまでもありませんが、新型コロナに関しては、そのような通常の対策だけでは不十分でした。外出や営業の自粛要請は、経済へのダメージという副作用があまりに大きいため、政治家の感覚だけで決めてしまえる問題ではありません。一定の計算に基づいて、接触を何割減らせば効果が出るのかを導き出して全国民へ指示を出さなければなりません。

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 新型コロナの件に限らず、現代社会には至るところに数学が浸透しています。50階建ての高層ビルを建設したり、300トン以上もあるジェット機を飛ばしたり、月に人間を送ったりするには緻密な計算が不可欠です。また、建設、製造、航空・宇宙……といった、ものづくり産業に限らず一見「文系」のものだと思われていたビジネスの世界でも数学を駆使する人が活躍しています。

 ユニバーサル・スタジオ・ジャパンを再建した森岡毅氏の著書『確率思考の戦略論 USJ でも実証された数学マーケティングの力』(角川書店)はベストセラーになりましたが、本の中で森岡氏は、数学を駆使してアトラクションの需要予測を立て、USJ をV字回復に導いた話を展開しています。そして巻末には、需要を予測するための高度な数式の数々が登場します。テーマパークというと一見して数学とは無縁に見えますが、その成功の裏には数学にサポートされた緻密な経営計画があったのです。

 ビジネスの世界ではもはや数学が不可欠になり、「文系」であろうと苦手ながらも上手に避けて来られた人であろうと、もう元の世界には戻れません。

必要なのは全体感の理解

 ビジネスパーソンに求められているのは複雑な方程式を解く力でもなく、計算能力でもありません。必要なのは全体感の理解です。そもそも、世の中を知るために必要な教養や一般常識とは、ある分野に対するざっくりした理解のことを指します。例えば私たちの多くは文学や政治学の専門家ではありません。けれども、歴代の文豪や政治家の名前、どういうことをやった人かは大まかに知っています。マナー講師でなくても最低限のマナーは知っています。数学もそういった一般常識の仲間入りをしているのです。方程式を解いたり数理モデルを作ったりといったことは得意な人たちに任せておけば問題ありません。しかし、数学の全体像や発想方法にすら不案内なままではこれからのAI 時代に乗り遅れてしまうし、ビジネスチャンスを逃すことになりかねません。

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 とは言え、「どんな分野で」「どのように」「数学の何が」必要になるのかが正直分かりにくいと感じる方が多いのではないでしょうか。そこで本書では、これからの時代に特に重要視され学んでおきたい数学に焦点を絞り解説しました。

 数学とは何か、どう考えるのか、何の役に立つのかという「数学の俯瞰図」を頭の中に作り上げることが本書の目的です。

 数学の俯瞰図を頭に入れることには、たくさんのメリットがあります。例えば、AI、機械学習、自動運転などの最近の話題を理解するのに役立ちます。勉強嫌いな子供から「数学なんて何の役に立つの?」と聞かれたときに、戸惑わずに答えることができます。上司にビジネスの企画を提案するとき、会社や業界の状況を分析するとき、AI や機械学習を仕事へ応用したいとき、数学の全体感をつかんでおくだけでアイデアの引き出しが広がります。数学的=理系的な思考の重要性は、今後ますます高まっていくことに疑いの余地はありません。

数学四天王

 さて、数学の大枠を理解していく上で、事前に知っておくべき重要ポイントがあります。それは、「数学の発想は文系の発想と同じ」ということです。「ビジネスの発想と同じ」と言ってもいいかもしれません。今までの人生で、仕事上のタフな課題に直面したときのことを思い出して下さい。学生の方でしたら、部活やサークル、バイトなどの経験でかまいません。課題を理解し、整理し、解決へと導くために、脳に汗して考え抜いたことでしょう。限られた情報から仮説(=課題に対する仮の答え)を導き出したり、図や絵で情報を整理したり、課題全体をシンプルなパーツに分解することで議論を進めやすくしたり。枝葉末節から目を離して全体を眺めたとき、新たな発見があったという経験をされた方もいるかもしれません。このような文系的・ビジネス的発想と全く同様の発想が数学の根本にあります。ただ数学では言葉ではなく数式を使って思考を進めるという点が違うだけです。

 数学はアプローチの方法によっていくつかの分野に分かれており、中でも重要で根幹をなすのが代数学・幾何学・微積分学・統計学です。これら4つの分野は数学の奥義であり、いわば四天王ということで、本書ではこれらを「数学四天王」と呼ぶことにします(正式な専門用語ではありません。念のため)。この数学の四大分野は複雑な人間社会や自然界を理解していく上で、それぞれ図1-1のようなアプローチをとっています。

 これら四大分野は互いに独立しているわけではなく、相互に密接に関係しています。数学四天王は一匹狼の集まりではなく、互いの能力を出し合ってゴール(=問題解決)を目指すサッカーチームのようなものなのです。「イレブン」ならぬ「カルテット」というわけです。

  • 代数学-分からないことを仮説でとらえる
  • 幾何学-イメージをカタチにしてとらえる
  • 微積分学-複雑な物事を単純化してとらえる
  • 統計学-大きな視点で俯瞰してとらえる

 最近のビジネスの話題は、数理的な要素が非常に多くなっています。AI、機械学習、ビッグデータ分析は統計学や幾何学を駆使してデータを処理していますし、自動運転は統計学の応用で、宇宙ロケットの推進原理やドローンの姿勢制御は微積分学の計算に基づいています。通勤電車に揺られながらスマホで聴いている音楽も、幾何学の範疇にある三角関数を使ってデータ処理がなされているのです。今まで何となく聞き流していた話題も、数学四天王について知っていれば、より深い理解が得られます。

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数学思考をインストール

 数学的=理系的な思考の要点は、余計なものを切り捨てて本質を浮かびあがらせる「シンプル・イズ・ベスト」にあります。その発想法は実はとてもビジネス的で戦略コンサルタントなど文系的な職業の思考法と多くの共通点があるのです。けれども、学校ではそのことを教えてくれないので、数学はつかみどころのない抽象的な学問だと思われているのが現状です。

 そもそも、中学・高校のころに受けた数学の授業では、「公式を覚えて正確に解く」ことが何よりも重視されていました。結果として、全体像が見えない中、何に役立つかも分からない公式を覚えさせられ、疑問だらけのまま取り残されてしまう生徒が後を絶ちません。数学という巨大な知識体系の中で、自分は今どこを学んでいるのか? それが何の役に立つのか? そのイメージがつかめていれば、挫折する人はずっと少なかったことでしょう。

 勉強嫌いな子供から「数学なんて勉強して何の役に立つの?」と聞かれたときには、そっと本書を勉強机に置いてあげて下さい。きっと数日後には、数学好きに変わっていることでしょう。

 幸いなことに、大人になってからは公式集や期末テストに追われる心配はありません(筆者は今でも期末テストに追われる夢をたまに見ますが……)。暗記やテストの負荷を逃れて、数学を大枠から眺めれば、その正体が見えやすくなります。本書を一言で形容するならば、読むだけで理系の考えをインストールできる「未来を生き延びるための数学の見取り図」です。皆さんの頭脳には、文系のソフトウェアが既にインストールされていると思います。本書を読むことで、理系のソフトウェアもインストールしましょう。そうすれば世界観が広がり、2つのソフトウェアの相乗効果によって、今までにない発想が生まれてきます。

 数学的アイデアの引き出しが広がるだけで新しいビジネスの立ち上げや、既存ビジネスの効率化を考えるとき「こういう数学が使えるのでは?」というヒラメキにつながり、理系の社員に相談したり、専門知識を有するIT 企業に連絡を取ったりして、形にしていくことができます。仕事は協力しながらやるものですから自分が細かい計算までマスターする必要はありません。それに、人間の手に負えない複雑な計算はコンピューターがやってくれます。引き出しを多くして、ヒラメキの可能性を高めることが重要なのです。また、業務改善や業績向上を狙ってAI やビッグデータ分析を取り入れる企業が増えていますから、そういった提案にもつながるかもしれません。数学がビジネスへどのように応用されているかの前例が頭に入っていれば発想のバリエーションはぐんと高まるでしょう。