『日本短編漫画傑作集』(全6巻)の刊行が始まりました。1950年代末から現代にいたる戦後日本マンガの短編の逸品を集成する企画です。
今回配本された前半3巻を読んでつくづく感嘆するのは、日本のマンガの、題材の限りない多様さ、テーマの掘りさげかたの深さ、目を瞠(みは)るような技法の尖鋭化(せんえいか)です。この50年あまりの時間で、日本のマンガは爆発するような創造的進化を遂げているのです。そのマンガ表現のダイナミックな可能性の開花に、身ぶるいするほどの興奮を抑えることができません。
第1巻は59年~67年までが対象です。貸本マンガから劇画が生まれ、「少年マガジン」「少年サンデー」が全盛期に向かう時代です。手塚治虫の作品のなかでも異様に暗鬱(あんうつ)な雰囲気をもったミステリーの秀作「落盤」に始まりますが、このわずか4年後に出た白土三平の「戦争」を見れば、この時代に日本マンガが通過した革命的変化の凄(すさ)まじさが実感されます。しかも、「戦争」の生々しい残酷さは、この時代の殺伐とした空気が、まだ戦争の記憶と結びついていたことを示しています。しかし、その4年後に描かれたつげ義春の「海辺の叙景」になると、そこにはまぎれもない現代人の実存の空虚があらわになって、その表現の新たな未知の感覚に虚を突かれます。
第2巻は、68年~70年。世界的な学生の反乱と激動の時代です。マンガの世界でも、新たなマニアの雑誌「ガロ」と「COM」、成人向けの「ビッグコミック」などが表現の限界を一気に押し広げた時期です。その勢いのなかで、水木しげる、横山光輝、藤子不二雄(A)などベテランが新境地に挑み、宮谷一彦、佐々木マキといった新鋭たちが前衛的な試みを連打します。抒情(じょじょう)と反逆、名人芸と実験、幻想とリアリズム、感動と破滅への願望。そうした相反する志向が紙一重を隔てて接しあい、マンガの世界を活気づけています。
第3巻は、71年~74年。世界は、反逆と激動から、一気に幻滅と白けの時代に変わります。永井豪の物語る子供殺しのディストピアと、安部愼一の描く倦怠(けんたい)感にみちた密室と、諸星大二郎の奇妙に懐かしい現代的ファンタジーが、確実に同じ時代の空気を呼吸しています。幻滅のさなかにあって、これほど多彩で、豊饒(ほうじょう)な作品群が描かれていることが驚きです。
それぞれ独自の傑作ぞろいですが、その集積からこの半世紀におよぶ日本の精神の深層が見えてくる気がして、いつまでもページを繰ってしまいます。=朝日新聞2021年7月14日掲載