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小説×音楽、深く絡み創作 カツセマサヒコさん「夜行秘密」は同名アルバムが原作

カツセマサヒコさん(興野優平撮影)

曲聴き込み、見つけた視点、自分との分離

 元々は大手印刷会社の総務部にいた。希望とは違う配属だった。ブログが編集プロダクションの目にとまり転職、後に独立した。「インターネットがあれば何でもできるんじゃないかと思っていた時期がありました。自分の人生くらいは変えられるだろう、と」。恋愛の甘酸っぱいシチュエーションなどをつぶやく「妄想ツイート」でツイッターのフォロワー数を数万人単位で増やし、「タイムラインの王子様」と呼ばれるようになった。それも、SNSの拡散力を仕事の依頼につなげるためだった。

 だが、小説家としての道を歩み始めてから、SNSとの向き合い方に転機が訪れる。「自分の名前を売ることが、記事が読まれること、本が読まれることとイコールだと思っていたけれど、そうじゃないとようやく気づけた」

 昨年刊行のデビュー作『明け方の若者たち』は10刷まで版を重ね、映画化も決まった。一人称で書かれ、私小説の要素は確かにある。それでも、印刷会社に勤める主人公が恋に将来に悩む物語が、あまりにカツセさん自身と重ねて読まれたことに違和感があった。「フィクションを書いたのに、そうとは認められない悔しさをものすごく感じた。こういうルックスの、男性の、東京都生まれの、というプロフィル情報によって勝手にかかっていく何層ものフィルターが、フィクションの純粋さを濁していく感覚があった」

 2作目のプレッシャーに悩んでいた時期に、川谷絵音(えのん)さん率いる「indigo la End」とのコラボの依頼がきたという。「アーティストの名を汚さないことはもちろん、(誰もが認める)フィクションを書けるのか、という懐疑的な目に打ち勝つこと。この二つのプレッシャーを同時に超えられたら、物書きとして自信になるな、と」

indigo la Endのアルバム『夜行秘密』(ワーナーミュージック・ジャパン)

 アルバムの14曲を聴き込んでできあがったのは、複数の登場人物の視点から描かれる後悔の物語だった。独善的な中年の映像作家を始め関わる男女それぞれの恋や悩みが因となり果となり絡み合う。

 「原型となったものは全部indigo la Endからもらった。『夜行秘密』の言葉のすべてが自分の本音かといえば、真逆のこともたくさんある。そうすることで僕は作品と作者を切り離していった。フィクションとして1冊を書ききった手応えがあります」

消費スピードにあらがい

 小説×音楽、という試みは、カツセさんの例にとどまらず、広がりを見せている。「小説を音楽にする」をコンセプトに活動する音楽ユニット「YOASOBI」は昨年、自身の楽曲の原作となった小説を集めた『夜に駆ける YOASOBI小説集』(双葉社)を刊行。住野よるさんとロックバンド「THE BACK HORN」は昨年、構想を共有しながらそれぞれ小説『この気持ちもいつか忘れる』(新潮社)と同名の配信EPを発表した。ボカロPとして活動してきたカンザキイオリさんは自作の曲「あの夏が飽和する。」を小説化し、同名で河出書房新社から刊行した。

THE BACK HORNの配信EP『この気持ちもいつか忘れる』(ビクターエンタテインメント)

 「売る側の視点に近いけれど」と前置きしてカツセさんが指摘するのは、CDではなく、サブスクリプション(定額制配信サービス)が主流となった音楽のあり方だ。「サブスクで気軽に聞けるようになったことで、音楽の消費スピードがものすごく速くなっている。(その消費スピードにあらがうためには)一曲一曲の世界を広げ、拡張させるツールが何か必要で、それが物語にあったんじゃないかと。楽曲から生まれた物語や、物語から生まれた音楽という形が、一番曲の深さを出せる方法になったんじゃないか。書き終えたいま、なおさら強くそう思いますね」=朝日新聞2021年7月31日掲載