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「都会の異界」書評 喧騒の外でひっそり咲く一本桜

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月14日
都会の異界 東京23区の島に暮らす 著者:高橋 弘樹 出版社:産業編集センター ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784863113046
発売⽇: 2021/07/14
サイズ: 19cm/285p

東京にある離島・佃島に移住し、23区にいながら「島暮らし」というライフスタイルを追求する著者が、城南島、中之島、勝島、平和島など、「都会の辺境」で出会った21人の「島人」…

「都会の異界」 [著]高橋弘樹

 都会の喧騒(けんそう)から離れて暮らしたい。でも思い立ったとき、賑(にぎ)やかな場所に行きたい。これらの願いを両立させるのが「東京の島」である。東京の島と言っても、太平洋の離島ではない。たとえばそれは銀座の近辺にある、中央区の佃島。川と運河に囲まれ、海に近いその町は、潮の香りがして、時間の流れ方が少し遅い。それはまるで「都会の異界」だ。東京23区にはそのような島が10以上あり、本書はその探訪記である。
 未知の島を訪れるときは好奇心と不安とが交差する。長い橋を渡り大田区の城南島に到着した著者は、コンクリート塀にある「不法投棄は犯罪! 罰金3億円」の貼り紙に面食らう。その異様な金額の要求は、昔訪れた南方の、首狩りの風習があった島を思い出させる。そして埠頭(ふとう)の人がいない公園を歩くうち、熱帯雨林のような一帯に辿(たど)り着く。羽田空港に近いこの島では、飛行機の轟音(ごうおん)が聞こえる。ベトナム戦争での青空の見えない熱帯雨林で、戦闘機の音を聞く兵士と、自分が折り重なる気がしてくる。はたして島は異界なのか。それとも島で著者の心に異界が生まれているのだろうか。
 あるとき仕事での混沌(こんとん)とした人間関係に疲労した著者は、昔見た一枚の映像を思い出す。そこには畑のなかで静かに佇(たたず)む一本桜が映っている。それはもはや場所が分からない、心のなかの桃源郷だ。その夢の地の代わりに、佃島近くの無人島へ向かう。向かいがてらに、瀬戸内海にあり鬼ケ島と伝えられる幻想的な島や仕事で付き合う鬼のような人間のことを思う。そうして着いた無人島には一本桜がひっそりと咲いている。
 「都会の異界」は都会にありながら、都会とズレた時空が流れている。そのズレは本物の異界への入り口のようなものだ。都会を自分の居場所と決めながらも、そのことに馴染(なじ)みきれない者は、その入り口を覗(のぞ)き込んでしまえばよい。多分戻ってこられるはずだから。
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たかはし・ひろき テレビ東京の映像ディレクター。「家、ついて行ってイイですか?」などの番組を企画・演出。