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できるときにやる 柴崎友香

 何度も経験してわかっていることなのにまたやってしまうことがいくつかある。「展覧会に早く行っておけばよかった」はその上位に来る。

 展覧会の会期は短いものだと一、二週間、長いと二、三か月くらいだろうか。一週間だと、もうこの日に行かなければと早々に決める(もちろん、その一週間に予定が合わないこともよくあるが)。二か月以上あると、いつ行こうかな、仕事が忙しいので落ち着いてから、友人と予定を合わせてから、もう少し涼しくなってから、などと先延ばしにしてしまう。ところが、時間はすぐに流れ、気づくと、えっ? 来週で終わり? 行けるの明日しかないやん!と焦ることになる。そんな時に限って突発的に用事が入ったりして、結局逃してしまったり、なんとか行けても仕事終わりに駆け込んでゆっくり観(み)られない、図録が売り切れなどの事態も発生しがちである。その度に、なぜもっと早く行っておかなかったのか、と後悔する。再来月まであるからと思わずに、始まったら行けるときにすぐ行ったほうがいい。と、思うのは何度目だろうか。

 そんなときいつも、セネカ『人生の短さについて』を思い出す。高校の教科書に出てきたかなにかで読んで、二千年前も人間は同じようなことを悩んでたのやなあ、と思った。「われわれは短い人生を受けているのではなく、われわれがそれを短くしているのである」などの言葉を読み返し、昨今いろんなやる気を出すための本や講座みたいなものがあるが、この中にたいてい書いてあるし、この文庫一冊持っていればいいんじゃないか、とも思う。

 高校生という人生の早い段階でせっかくこの本に出会ったのに、展覧会に限らず、あー、またやってしまった、を繰り返してきた。あんまり考えると落ち込むので、なんとか次の一回は早めに展覧会に行けたらいいか、と思うようにしている。そして、今はいろいろ難しい日々なので、展覧会にゆっくり行ける状況になることを願わずにはいられない。=朝日新聞2021年8月25日掲載