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寺地はるなさんの長編「雨夜の星たち」インタビュー 見えない空気、気にしない人がいてもいい

寺地はるなさん=大阪市北区、尾崎希海撮影

 空気に常識、暗黙の了解。雨夜の星と同じように、見えないけれど確かに存在するものが世の中にはたくさんある。寺地はるなさんの長編小説『雨夜の星たち』(徳間書店)の主人公、三葉雨音(みつばあまね)はそんな「見えないもの」が苦手だ。

 26歳の三葉は他人に感情移入できない性格を買われ、気疲れの多い通院の付き添いやお見舞いを代行する「しごと」をはじめる。

 〈察する、ということは基本的にありません〉

 初対面の依頼人には必ずそう説明する。してほしいことも、してほしくないことも、言葉にしてほしい。できないことは断るので遠慮はいらない、と。

 成人向け雑誌を買ってきて、という入院患者からのセクハラには「恥ずかしがることを期待してるならご期待に沿えませんね」。病気の娘と友達になってほしいと頼まれても、「後日指定された日時に伺います」。

 愛想笑いもお世辞もなし。他人は他人と線を引く。だからといって、感情がないわけではない。怒りもするし、誰かのために動こうともする。冷淡に思える態度も、読み進めるうち、彼女なりの誠意の表れだと気づかされる。

 「空気を読まなくていい、というメッセージをよく目にするけれど、やっぱりみんな気にしてしまう。空気を気にせず生きられる人を特別視するのをやめるところから始めてみれば、と思った」

 依頼人や周囲の人たちとの関わりを通じ、三葉の姿勢は変わっていく。無愛想な物言いをはじめ、そのままの部分もある。「小説は変化を描くもの。でも、ひとつの正解に向かって変化しなくてはいけない、というのも一種の圧力になる。そう望む気持ちが、現実にいる人にも向けられてしまいかねない」

 多作で知られる作家だ。1日5枚と書く量を課しているのも、ノルマではなく制限するため。「好きなことは際限なくやってしまう。調子がいいともっと書きたくなるけど、そうやって書いたものは意外とつまらなくて」

 昨年は『夜が暗いとはかぎらない』が山本周五郎賞で惜しくも次点に。今年は『水を縫う』が河合隼雄物語賞を受賞した。

 「本を何冊出した、毎日これだけ書いたというのは目に見える事実だから信じられる。他人からの評価を気にしていた時期もあったけど、今は自分ができることをつづけて、もっといいものを書いていきたい」(尾崎希海)=2021年9月1日掲載