村上貴史が薦める文庫この新刊!
- 『ヨルガオ殺人事件』(上・下) アンソニー・ホロヴィッツ著 山田蘭訳 創元推理文庫 各1100円
- 『誰も死なないミステリーを君に 眠り姫と五人の容疑者』 井上悠宇著 ハヤカワ文庫JA 858円
- 『変格ミステリ傑作選【戦前篇】』 竹本健治編 行舟文庫 1100円
各種ミステリーランキングや賞で七冠を獲得した『カササギ殺人事件』の続篇(ぞくへん)が(1)。スーザンは、かつて自分が編集した著作『愚行の代償』のなかに、ある女性の失踪事件と、さらに八年前の殺人事件の手掛かりが隠されているとして、失踪女性の両親に調査を依頼された……。スーザンが探偵役を務める物語の真相にも、作中作としてまるごと放り込まれた『愚行の代償』の真相にも驚愕(きょうがく)した。前作の衝撃が記憶に残るなか、相当身構えて読んだにもかかわらず、再び新鮮に驚かされたのだ。登場人物の言動の制御が抜群になめらかで、説得力のある真相が巧妙に隠されている。上質な長篇(ちょうへん)二冊を乗算したような大いなる満足を得た。
(2)は、人の死期が判(わか)る志緒と人が死ぬミステリーが許せない佐藤のコンビが、推理によって誰も死なないうちに事件を終わらせようというシリーズの第三弾で、二人が高校生時代に初めて手掛けた事件を描く。志緒が好きな歌手と幼なじみたちの間で起きた殴打事件の真相を突き止めることで、歌手に現れた死の兆候を消そうというのだ。物証や証言から犯人特定に至る流れが堅実で、そこに人を死から救うドラマが深く織り込まれていて素敵だ。
きっちりした謎解き“ではないもの”を包括する概念を冠した(3)。人探しの意外な決着を漱石が冗舌に語る「趣味の遺伝」をはじめ、谷崎、芥川などの文豪や、乱歩や横溝といった探偵小説作家の著作を同じ視点で読み比べ、個性的な奇想を堪能できる贅沢(ぜいたく)なアンソロジーだ。=朝日新聞2021年10月2日掲載
