歴史的なヒットとなった『鬼滅の刃』が典型ですが、死と暴力が猛威をふるう異世界で生き残りをかけて戦うバトルマンガの人気が相変わらず盛んです。なかでも、藤本タツキの『チェンソーマン』は、2021年版『このマンガがすごい!』(宝島社)で「オトコ編」のベストワンに選出され、芥見下々(あくたみげげ)の『呪術廻戦』と並んで、このジャンルの筆頭格に立ちました。
しかし、藤本タツキはこの9月に『チェンソーマン』とは全くジャンルの異なる中編『ルックバック』を刊行し、マンガファンの驚きを呼びました。
そもそも、『ルックバック』はマンガアプリ「少年ジャンプ+」で7月に発表され、10日ほどで閲覧数が500万を超えるという大きな記録を作っていました。
いっぽう、このマンガには一種の「通り魔殺人」が出てくるのですが、その犯人の造形が精神障害のステレオタイプだとの指摘がネット上で起こり、表現の一部が修正されたことでも話題になりました。
『ルックバック』は、先月の本欄でも論じた「マンガ家マンガ」のジャンルに入る作品です。
主人公の藤野は、小学生のころからマンガを描いている少女で、同じ学年新聞にマンガを発表する不登校の少女・京本にライバル意識を抱きます。
小学校卒業を機に初めて対面した藤野と京本は、意気投合して、一緒にマンガを共作し、中高生で何作も短編を発表するようになります。
しかし、雑誌の編集者が高校を卒業したら連載を始めないかと誘ったとき、京本は藤野に頼らず一人で生きていくために美術大学に通いたいと告げて、藤野とのコンビは解消されます。
藤野が1人でマンガの連載を続けていたとき、テレビでニュースが流れます。京本の通う美術大学で通り魔殺人が発生したと……。
マンガの後半は、京本を死なせたと自分を責める藤野の、自己回復の幻想的な物語に傾斜していきますが、何より美しいのは、マンガだけでつながった藤野と京本の無言のうしろ姿を描く3ページです。
このシーンの前後には、ほぼ同じアングルで一人ぼっちの藤野のうしろ姿を描く場面があるのですが、その場面との対比で、マンガ創作の厳しい孤独と、孤独な2人がマンガ創作でつながりあえることの筆舌に尽くしがたい充実感が伝わってきます。藤子不二雄(A)の『まんが道』の感動を凝縮して現代化した傑作だといっていいでしょう。=朝日新聞2021年10月13日掲載