カードを並べるように書いた物語
――『ボギー 怪異考察士の憶測』は、各地の俗信や民間伝承、都市伝説、奇妙な体験談など無数の「怪異」を包含した長編ホラー小説です。執筆のきっかけを教えていただけますか。
数年前に書いた「海にまつわるもの」という短編(「雑誌「幽」vol.28掲載)が、やはり複数の海の怪異を並べた作品でした。怪談らしい話から素朴な民間伝承まで、複数のエピソードを配置する書き方が面白くて、長編でもできないかと思ったのがきっかけです。怪異のつながりを考察する物語にはミステリ的なところがありますし、「二見ミステリ×ホラー文庫」からのご依頼にはぴったりだなとも思いました。
――どこに着地するのか予想のつかない作品ですが、事前にプロットは作られたのでしょうか。
いえ、最初にパーツになる怪談や民間伝承をとにかくたくさん書いて、後からそれを並べて一本にしていきました。実際に使ったものの3倍くらいは怪異や考察を書いています。これとこれとは共通点があるとか、これは離して置いた方が怖くなりそうだとか、カードを並べるようにして物語を作っていったので、自分でもどんな話になるかは見えていなかったんです。
――郷土誌や体験談の文字起こし、新聞記事などがパッチワークのようにつなぎ合わされ、ドキュメンタリーに近い手触りになっていますね。
引用している怪異は大半は僕が作ったものですが、嘘をつくにもできるだけ“本当っぽい嘘”をつくように心がけました。もともと妖怪について調べるのが好きで、民俗資料や郷土誌をたくさん読んできたので、お決まりの文体や章立てがなんとなく身についているんです。舞台になっている石川県の町は創作ですが、その町があるとされる鹿島郡は実在する地名です。
見る角度によって姿を変える、妖怪の面白さ
――主人公のホラー作家・桐島霧は、幼い頃郷里の石川県で「ひとだまさま」と呼ばれる怪異に遭遇します。見ると祟られるという「ひとだまさま」も実在する伝承ですか。
ひとだまの話自体は全国各地に伝わっていますが、石川県の一部に伝わる「ひとだまさま」はフィクションです。能登半島を舞台にしたのは「UFOのまち」として知られる羽咋市の存在が大きいですね。作中でも紹介しましたが、羽咋市がUFOで町おこしをするきっかけとなったのは、江戸時代に目撃された「そうはちぼん」と呼ばれる怪火なんです。夕暮れ時に現れて、人を攫っていくという物騒な存在なんですが、これをひとだまに絡めたら面白そうだなと思いました。
――ひとだまをめぐる桐島の考察は、火車やろくろ首、「光りながら飛ぶ人」の目撃談や離魂病などさまざまな怪異にリンクしていきます。この考察の過程がとてもスリリングです。
妖怪を調べていると、同じ現象でも見る人や土地によってまったく違うものになる、ということがよくあるんです。たとえば香川県の綾上町(現・綾川町)という町の郷土資料には「夜、相撲取りの格好をした人たちが松明を持って山を下りてくる」という話が載っています。一種の妖怪として読めるんですけど、後日これは雨乞いをしていた人なのかもしれないと気づきました。昔は山で火を焚いて、雨乞いをすることがあったらしいんです。
ひとだまも死んだ人の魂と言われることが多いですが、燐が燃えている自然現象とも言われ、未確認飛行物体のようでもある。いろんな見方ができるので、いくらでも深掘りができる素材なんです。
――主人公の桐島は、子どもの頃から「水木しげる、佐藤有文、中岡俊哉の妖怪本」を愛読し、中高生になると「柳田国男の民俗語彙、民話伝説集、郷土誌」に手を出したという人物です。これは妖怪マニアである黒さんのプロフィールとも重なりますね。
ほぼ自分ですね(笑)。ホラー作家としての将来に悩んでいる部分も含めて、今回は自伝的な要素を濃くしています。桐島のように怪異を集めて、ひたすら考察するという生活は理想ですが現実には大変でしょうね。資料代がいくらあっても足りませんし、集めた怪異がうまくリンクするとも限らない。その点小説は都合のいい嘘を混ぜられるので、ありがたいと思います。こんな伝承はないよと突っ込まれても、小説だからと言い訳ができますから。
学校で教わらないことが山ほどある
――黒さんは雑誌「ムー」の公式サイト「ムーPLUS」で各地のマニアックな妖怪を発掘・紹介する連載(「妖怪補遺々々」)を長く続けておられます。黒さんが怪しい話を集め、調べる最大の動機は何でしょうか。
妖怪や怪談って学校で教わるようなものじゃないですし、知らなければ一生知らないで済むものですけど、それが各地にこんなに伝わっているんだって思うと、調べないのはもったいない気がするんです。調べてみると知らないことがどんどん分かってくるし、意外な知識がつながったり、探していた情報が見つかった時は気持ちいい。僕にとってはゲームをするより楽しいです。
それに創作をするうえでも、妖怪や怪談の知識は結構役に立ちます。たとえば地方の風習や生活をたくさん知っておけば、異世界だってリアルに描くことができると思います。
――祟りの正体をめぐる桐島の調査は、やがて恐ろしい結論へといたります。まさかこんなスケールの大きい話につながるとは。驚きました。
ひとだまにはいろいろな解釈ができると思いますが、どうせならとんでもなくスケールの大きな話に結びつけようと思いました。手記や証言が引用される手法はラヴクラフトの小説に近いものがありますし、僕はクトゥルフ神話系の話もいくつか書いているので、宇宙的な規模の話になっても違和感がないかなとも考えたんです。タイトルの「ボギー」とは、英語でお化けを指すだけでなく、航空用語で国籍不明機を意味する言葉でもあります。それもあって当初から空からくるものの話にしようとは漠然とイメージしていました。
普通じゃない小説を書いておきたかった
――ある意味、実験的な手法の長編だと思うのですが、今回こうした作風に挑戦されたわけは。
今年で作家デビューして15年経ちますが、いつまで作家でいられるか分かりません。日々危機感を覚えています。ホラー界はすごい才能がどんどん出てきていますし、自分だけが座れる椅子を作らなければ、厳しいものがあるなと思ったんです。それで他の人が書きそうにない、“普通じゃない”小説を書くことにしました。これまでのやり方を否定するわけじゃありませんが、一度はこういう手法で長編を書いておきたかったんです。
――結果としては大成功を収められたと思います。今は書き上げてホッとしている状態でしょうか。
そうですね。本が出るまではネガティブな妄想に駆られていたんですが(笑)、ツイッターを見るかぎりでは読者の反応もいいようで、安心しています。
――『ボギー』を読んでいて思い出したのは、子どもの頃熱中したオカルト系の児童書です。謎と神秘と恐怖がたっぷり詰まった世界観を堪能しました。
ありがとうございます。本のプロフィールにも載せてもらいましたが、僕は作家になる前に「幻想住人録666」というオカルト系のサイトを運営していました。妖怪、怪談、UFO、魔術、超能力など世界の怪しい話題を掲載したサイトです。『ボギー』にはそうした僕の趣味が、これまでの作品以上に色濃く出ていると思います。この手の話題が好きな方なら、随所で楽しんだり、怖がったりしていただけるんじゃないでしょうか。怪異を集めたり、考察したりすることの面白さを感じてもらえたら嬉しいですね。