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十九歳の三十年後 柴崎友香

 対面でのイベントが難しくなりさびしいが、オンライン形式が普及して場所などに左右されず参加できる機会が増えたのは楽しい。今、土地や身体に関する表現のワークショップでゲスト講師をしている。参加者は身近な場所で映像を撮ったりお互いに講評したりして、土地と人や暮らしについて考える。外国に住む人もいるし、職業や年齢もさまざまだ。

 先日はわたしの小説を題材に、場所と個人の記憶の話をした。誰かの話からまた別の誰かのある記憶、と連鎖的に思い出したことを話し合っていた。そうすると、学生の参加者が「わたしは十九歳だから、話せるような記憶が十年分くらいしかなくて、だから小説を読んで自分のことを思い出すよりもこれから何年も経ったときにこの小説や今日のことを思い出すんだろうな、って考えてました」と言った。

 年を取ると時間が経つのが速く感じるのはそれまで生きてきた時間と比べるからだ、と聞いて納得したことがある。五十歳にとって一年は今まで経験した時間の五十分の一だが、二十歳にとっては二十分の一。小学生のころは一年はすごく変化のある長い時間だったが、今の自分は「あれは三年くらい前かと思ったら七年前やった」みたいな感じである。

 十九歳の彼女が感じているその時間の感覚は、自分もかつては経験したはずで、思い出せはするがそこまで実感はできない。それから長い時間が経って、記憶が積み重なり変化を体感してきたからこそ、今のような小説が書けるようになったのだと思う。十年後、二十年後。今の彼女が「未来」と想像しているそのときに、思い出される「過去」がこのオンラインイベントの時間なのかと想像すると、なんとなくうれしい。

 ところで、わたしが十九歳のときは、話す相手は同級生と先生くらいで、狭い範囲のことしか知らなかった。いろんな年代や環境の人の話を聞く機会がもっとあったらよかったな、と思うわたしは、この文章が新聞に載る日に四十八歳になる。=朝日新聞2021年10月20日掲載