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古内一絵さんデビュー10周年インタビュー「誰も見捨てない、書き続ける」

古内一絵さん=関口聡撮影

 30代の女性を中心に幅広い層に人気の作家、古内一絵さん(55)が、デビュー10周年を迎えた。青春もの、大人の女性へのエール、戦争の三つを主なテーマに、18作品を送り出してきた。その日々は、不安から覚悟への軌跡だ。

 20年勤めた映画会社を辞めて、作家になろうと決意したのが43歳のとき。「映画の仕事はやりきったし、人生も半分が終わった」と思い、幼いころからの夢の実現に舵(かじ)を切った。

 登竜門である様々な文学賞に応募したが、いま一歩で届かない。本当に作家になれるのか。不安しかなかった。

 そんな中、後にデビュー作となる『銀色のマーメイド』(中公文庫)の原稿を、会社員時代の同僚に読んでもらった。中学校の水泳部を舞台にした青春小説だが、「エンターテインメント小説なのに、そうなっていない。これでは一生、賞は取れない」と指摘された。エンタメに振り切って書いたら、ポプラ社小説大賞の特別賞に選ばれた。

 青春ものは、福島を舞台に男子高校生の奮闘を描く『フラダン』(小学館文庫)、地方競馬の女性騎手が主人公の『風の向こうへ駆け抜けろ』(同)とその続編『蒼(あお)のファンファーレ』(小学館)と続く。『風の向こうへ~』は、平手友梨奈さん主演でテレビドラマ化が決まっている。その効果もあってか、10代の読者が増えている。

 「青春ものを書くのは、今も青春に憧れているから。小説の中で、自分が生き直している感じがある」

 代表作は2015年から4年連続で刊行した『マカン・マラン』4部作(中央公論新社)。1作目は初版5千部だったが、4作で15万部を超えるヒットになった。『銀色のマーメイド』で重要な脇役として登場した女装の男性「シャール」が主人公。仕事や私生活で傷つき、心が弱った人たちを、滋養にあふれる料理と優しい言葉で癒やしていく。「働く女性たちを『がんばれ』と励ましたくて書いた物語」と言う。

 もう一つ、書き続けてきた主題が戦争。例えば『星影さやかに』(文芸春秋)。登場人物のモデルは祖父と父だ。祖父は戦時中に英語教師をしていて反戦を唱えたが、軍国少年だった父はそんな祖父を「恥ずかしい」と思っていた。「自分の父親を軽蔑するような世の中があったことを忘れたくないし、なかったことにされたくない」

 作品に共通するのは、登場人物、とりわけ弱い存在の人たちに寄り添う温かいまなざしだ。誰も見捨てない。「それは、若くてバカで無鉄砲な私がいっぱい許されてきたから。感謝の思いが常にある」

 いま、自分に言い聞かせていることがある。「絶対に手を抜かないで書き続ける」

 最新作の『二十一時の渋谷で』(東京創元社)は『キネマトグラフィカ』(同)の続編。両作品には自分の映画会社時代の喜怒哀楽を随所に盛り込んだ。こんな言葉がある。

 「きっと書く。私の届けたい物語」「覚悟をして向かうから」(西秀治)=朝日新聞2021年10月30日掲載