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酒村ゆっけ、さんの価値観を揺るがした「愛がなんだ」

角田光代『愛がなんだ』(角川文庫)

人の人生を狂わせる最も身近なものは、「愛」や「恋」であると私は思う。

基本、人はギブアンドテイクの関係が成り立たずにどちらかが偏りすぎると相手に対して狂っていく。たとえ見返りを求めないよと口では言っていても、ギブが募りすぎると許容を超えて何らかの負の感情へと変化するのだ。しかし、それをシンプルに覆す作品と出会ってしまった。角田光代さんの小説『愛がなんだ』だ。

主人公テルちゃんは、マモちゃんと呼ばれる男性に片想いしている。彼にとってテルちゃんは都合の良い関係であって、好きになることはきっとない。典型的な女を泣かせて振り回すダメ男の一例だ。私が酒彼氏と命名しているストロング系チューハイのいいモデルである。

気軽に会えて、少しの時間でも一緒に過ごすと幸せな気持ちになれる。だけど、憂鬱な二日酔いとざらついた気だるさを残して朝目覚めて隣を見ると空っぽになった缶だけ転がっている。もう隣に君はいない。こんな思いをするなら、飲まなきゃよかったと後悔してもう会わないと毎回誓うけど、数日後にはまたコンビニでストロング系の彼を手にしている意志の弱い自分がいる。好きだから。

何を言っているんだという話だが、安心してほしい。ストロング系以外にも愛する酒彼氏が多数存在しているので、そこまでどっぷりと彼に依存しているわけではない。

さておき、いつか振り向いてもらえると淡い期待を抱き、都合の良い関係を維持してしまうという話はよく聞くが、「愛がなんだ」は一味違う。振り向いてもらえなくても、彼に恋人ができても、それでいいのだ。そばにいることはできれば、彼女の心は満たされる。彼女を構成する世界は彼だけで、仕事も友達も自分のことだってどうでもいい。もちろん、人間としてマイナスなところもあるけれど、それすらも愛しいと思ってしまうから終わりがないのだ。ある種、純愛でもあり異常でもある。自分から会いに行ったりするわけではないので、ストーカーではないが、その点かえって狂気的だ。

自分の幸せを感じる瞬間が、その相手のアクションによってしか起こり得ないという状況はなかなか生きづらさを感じる面もあるが、ここまで一途に自分の全てを賭けて愛せる対象があるということが羨ましくも思える。ある意味才能だ。やる気が起きないときでも、その人がいるから今日も1日頑張ろうという絶対的な起爆剤が存在していることになる。私は、人生そこまで本気で熱狂的にのめり込んだものもなければ、全てを賭けて愛する経験もしてこなかった。これのために頑張ろうという気持ちがみなぎらないので、なんとなく生きている。強いて言うなら、今日のお酒とご飯は何にしようかな〜くらいの些細な楽しみしかないのでそこまでエンジンはかからない。だからこそ、テルちゃんのように熱狂的に誰かに狂わされてみたいなんて思ってしまう。

しかし、そうはいかないのでそんな憧れを酒彼氏に投影して、妄想に耽るのだ。何も予定がなくて部屋にただ一人携帯を握りしめ、飲みに行かない?って連絡がもしかしたら来ないかなと缶ビール片手に微かな希望を願ってまだお風呂入らないで待ってみるなんていうもどかしい夜を過ごしてみたい。恋愛作品が胸に響かなくなって、ときめきが枯れてしまう前に。ああもう、幸せになりたいっすね。