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原田剛さんの自伝的絵本「小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。」 エグいけど、泣ける

文:澤田聡子、写真:本人提供

“近所の雷おやじ”のような絵本を

——「とっても やさしかったお母さんが、/とつぜん 鬼のようになりました。/どうしてボクは ひとりでナスビを/売らないといけないの???」——。絵本らしからぬアクのある絵、強烈なタイトルの『小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。』(絵・筒井則行 、あわわ/インプレス)。原田剛さんの自伝的なこの作品は、「エグいのに泣ける」とメディアでも取り上げられ、一躍話題となった。舞台は昭和50年代、徳島県阿波市土成町。ナスビ農家に生まれた原田少年は、ある日「鬼のような顔になったお母さん」に突然、売れ残りのナスビを団地で販売してくるよう言いつけられる……。

 『小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。』、通称『ボクナス』は、絵本作家としてのデビュー作。20代で出版社を立ち上げ、地域密着型の育児雑誌「ワイヤーママ」を制作していたのですが、10年以上、親子の姿を現場で見続けているなかで、だんだんその関係性に違和感を覚えるようになったんですね。

 たとえば、雑誌の連動企画として「親子撮影会」などのイベントを開催していたんですが、子どもが大声で騒ぎ出したり、イタズラしたりしても親がまったく叱らないんですよ。僕が子どものころは、ちょっと悪いことをしたら、親どころか近所の怖いオッサンから「ゴラァ〜! たーけーしー!」と雷が落ちたものです。昔はコミュニティー全体で子育てしていたからということもありますが、今は雷おやじなんて絶滅危惧種ですよね。「子どもを叱れなくなった親の代わりになる、“近所の雷おやじ”のような絵本をつくりたい」と思ったのが、一つのきっかけでした。

いつも笑顔だったお母さんは、なぜ突然「鬼のよう」になったのか。『小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。』(あわわ/インプレス)より

 ほかにも、今どきの若い子たちと親の関係を見ていると、「親離れ・子離れできていないなあ」と思うことが多くて。仲がいいのはすばらしいことなんですが、お互いがべったりと依存し合う親子関係というのはちょっと違うと思ったんですね。親が子どもよりも先に亡くなるのは自然の摂理。残された子どもが自分の足でしっかりと立って生きていけるようにするのが、親の役目なんじゃないか。子どもウケするかわいい絵本が書店にあふれるなかで、泥臭くて暑苦しいメッセージの絵本があったっていいじゃないか。子どもの自立と親の子離れを後押しするような作品をつくってみよう……そんな思いから、初めての絵本を手がけることになりました。

 絵本に登場した母は、僕が14歳のときに白血病で亡くなったんですが、「心をオニにして、息子にナスビを売りに行かせる」というのは、死を予感していた母なりの教育方法だったと思うんですよね。絵本で描いた記憶は、僕のなかでも一際辛い“黒歴史”だったんです。でも、これまでの「山あり谷あり」の人生をなんとか乗り越えてこられたのは、小学校時代の「ナスビ売り体験」のおかげだったんじゃないかと、40歳を超えてようやく気づくことができた。だから『ボクナス』は、亡き母に対する子どもとしてのお礼であり、「供養」の絵本でもあります。

常識にとらわれない絵とタイトル

——それまで雑誌や書籍の出版には携わってきたものの、「絵本の制作はまったくの未経験だった」という原田さん。しかし、常識にとらわれない絵本づくりが、唯一無二の個性を生み出すことにもつながった。

 陰影をつけたリアルなタッチに、使う色はナスビの「紫」1色。異色のイラストと地味な色遣いに、「もっとカラフルでかわいい絵のほうがいいんじゃないか」とアドバイスされたこともあります。でも、このおはなしにホンワカしたカラフルな絵は合わないでしょう? 

 絵を担当してくれたのは、当時一緒に雑誌をつくっていた筒井則行さん。彼が会議中に落書きしていたのを見て、「すごく気持ち悪いけど、味のある絵だなあ」と(笑)。最初は上司だった僕に遠慮があったのか、大人しめのタッチでラフを描いていましたが、「俺の過去にエンリョするな!」と伝えてからは、本領発揮してくれました。タイトルについても、「長すぎる」と指摘されましたが、これが『ナスビ少年』というタイトルだったら、読者の手に取ってもらえないと思ったんです。

絵を担当したのは、元同僚の筒井則行さん。「ナスビの鬼」の絵が圧巻。『小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。』(あわわ/インプレス)より

 当時の写真を絵の横にレイアウトするというアイデアも、絵本としては異例でしたが、僕はホンモノの写真を入れることで、「自伝」のリアリティーを出したかった。絵本ってファンタジーの世界を描くことが多いと思いますが、「これは30年前にあった本当のおはなしですよ」と、しつこいぐらいに強調したかったんですよね。

限りある命を精いっぱい生きて

——今年8月に上梓した最新作は、『ゾンビハムスターねずこ』(絵・嵯峨山高弘、ワイヤーオレンジ/リーブル出版)。「コロナ禍で子どもの自死が増えている」というニュースが創作の原動力となった。ハムスターの「ねずこ」が寿命を迎えた後もゾンビとなって蘇り、「生きているうちにやり残したこと」を飼い主のヒカルくんと共に、一つひとつ叶えてゆく物語だ。

 『ボクナス』は“親の死”を扱っていることもあって、対象は小学校中学年から高学年。一方の『ゾンビハムスターねずこ』(以下、『ゾンハム』)は、未就学児も楽しく読めるようにつくりました。『ボクナス』も『ゾンハム』も伝えたいことは同じ、「限りある命を精いっぱい生きよう」ということ。『ボクナス』は僕の体験したことをリアルに伝えることで、『ゾンハム』はキャッチーなキャラクターの「ねずこ」にメッセージを託して表現しました。実は「ハチャメチャな女子に、小学生男子が翻弄される」というプロットも、似ているんですよね(笑)。公言はしていませんが、『ゾンハム』は、『ボクナス』の続編のような気持ちでいます。

『ゾンビハムスターねずこ』(ワイヤーオレンジ/リーブル出版)より

 ネットなどでエグいけど泣ける「エグ泣き系」と評された当初は、正直「エーッ」と思いましたが(笑)、「ほかにはない絵本」ということなのだから、今では誇りに思っています。絵本を描き始めて8年ですが、手がけた作品は全部で4作。2年に1作というペースなので、「こんなのんきな作家はいないな」と自分でも思いますが、「今の社会にこれが必要だ、読者にこれを伝えたい」というものが、降りてこないと書けないんですよ。「ガツーン」と伝えたい何かが降りてくるのを待ちつつ、子どもだけでなく大人の心にも響くような作品をこれからもつくっていきたいと思います。