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伊藤俊一「荘園」 単純化排した画期的な通史

 日本史の授業で「荘園」を教えるのが一番難しい……。これは、高校の先生方からしばしば発せられるご意見である。

 墾田永年私財法で生まれた、貴族や寺社による大土地所有の形態、などと教科書では簡単に説明されているが、そもそも荘園の規模や構造は地域によって多種多様、時代で性格も大きく異なる。しかも、荘園が貴族等の完全な私有地かと言えば、一方で公的・国家的な役割ももつので、より話は複雑になる。とはいえ、古代・中世の基幹的な土地制度なので、これが理解できないと日本史は理解できない。実に厄介な代物なのだ。

 従来、この分野では、永原慶二『荘園』(吉川弘文館)が良書とされてきたが、本書はそれを更新する久々の本格的な荘園制通史である。本書の画期的な点は、主に二点ある。一点は、最新科学を踏まえて、気候変動から荘園制の性格の転変を説明している点。これにより、図式的な生産力発展説に拠(よ)らず、飢饉(ききん)や災害を織り込んだダイナミックな通史叙述がなされている。

 もう一点は、室町時代の評価。旧来、室町期は、武士による荘園侵略が進む、荘園制衰退期とされてきた。しかし、近年では、むしろ武士たちを取り込み、室町期に荘園制は安定期を迎えていた、とされている。これまで荘園の概説は平安~鎌倉期の研究者が担うことが多かったが、室町期を専門とし、そうした新学説の主唱者でもある著者により、新しい荘園通史が描かれたことの意義は大きい。

 「あとがき」では、著者の授業をうけた学生からの「ずっと同じ制度を安定して続けることは難しいと思いました」との感想が紹介されているが、まさにその通り。現実の人間が単純ではないように、その人間が作ったシステムも一言で割り切れるような実態をもってはいないのだ。初学の人には少々手強(てごわ)い内容かも知れないが、安易な単純化を排した本書が広く読まれていること自体、昨今の歴史ブームの成熟を感じる。=朝日新聞2021年11月20日掲載

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 中公新書・990円=4刷4万部。9月刊。版元によると50代以上の男性を中心に読まれている。皆知ってはいるが、よくわからなかったテーマが1冊で理解できるからではという。