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ひろたあきらさんの絵本「むれ」インタビュー フリからのボケ、お笑い芸人ならではの発想で

文:石井広子、写真:北原千恵美

きっかけは「フリップネタ」

――ページをめくる度、様々な「群れ」が登場する。その中に、「毛がないヒツジ」「骨がむき出しの魚」など、たった一つだけほかとは違うものが潜んでいる。それを探し当てる楽しさに、子どもはもちろん、大人も魅了される。絵本『むれ』(KADOKAWA)の作者はお笑い芸人として活動するひろたあきらさん。芸人だからこそ、描ける絵本の世界とは。

『むれ』(KADOKAWA)より

 絵本を作ることになったのは、漫才コンビを組んでいた相方が辞めてしまい、劇場にピンで出ようと思ったことがきっかけでした。そこで、デザイン専門学校で絵を描いていた技を生かして、「フリップネタ」を作ろうと思いついたんです。その参考にと書店へ絵本を見に行ったところ、すっかりはまってしまいました。

 ツイッターでも絵本の話題をつぶやいていたら、当時、神保町花月という名前だった吉本の劇場の支配人に声をかけられ、絵本のトークライブを開催したんです。すると見に来ていた書店員から読み聞かせ会を頼まれ、それなら自作の絵本で盛り上げようと、初めて作ったのが『むれ』だったのです。これは絵本専用の白紙のノートに全て自分で手描きしたもの。出版する2~3年前のことでした。

 『むれ』は子どもたちの食いつきが良かったので、いつかは出版したいという思いはあったものの、方法がわからずにいました。そんなとき、「ニジノ絵本屋」で絵本『うわのそらいおん』を買ったところ、店主がその絵本作家のふくながじゅんぺいさんに連絡してくれたんです。そして、ふくながさんと絵本制作に携わる人たちのピクニックへ行くことに。そこで『むれ』が編集者の目にとまり、出版が決まったんです。芸人としてはこれからの時期だったので、驚きましたね。

うんこ、宇宙人、雷のむれ

――自作で描いたストーリーは出版した絵本でもほぼそのまま生かしたが、群れのバリエーションだけは変えたという。

 出版したものは自作よりページが少し増えたので、群れの種類も増えました。最初の方のページは、群れとしてわかりやすい動物や生き物が多く、読み進めるにつれてだんだんとわかりづらいものになっていきます。ちょっとずつページを開くたびに新鮮味を出したかったので、子どもたちが好きな「うんこ」「宇宙人」など、そんなふうに不思議な群れにずらしていきました。

 また、雷のような怖いものなら、一つだけ違うものはやさしいものに。お化けなら笑えるものに。群れのイメージがない透明人間は、1人の人間だけ絵に描くなど工夫を凝らしました。これは漫才をやっていたから、思いつけたと思うんですよね。先立って見せたネタを「フリ」にしてから、その予想を超えるようなボケがある感じです。

『むれ』(KADOKAWA)より

――花の群れには、たった一つだけつぼみがある。これから開花するつぼみは、明るい未来を予感させる。そして1匹のアリが別のアリの群れに出会い、1本の花にたどり着く。

 後半のページに描いた花の群れは、ちょっとだけ大人っぽい感じになりました。そこまではスムーズに展開が決まったのですが、実は、最後だけはなかなか決まらなかったんです。考えた末、ようやく「最後は全て違うものにしよう」と思いつき、いろいろな種類のアリの群れになりました。自作の絵本では、1匹のアリが、ご褒美のようなイメージとしてビスケットを見つけて終わる形だったんですが、出版した絵本の方がより良くなったと思っています。

 原画の描き直しは何度もしました。アリの絵はちゃんと数えてはいませんが、1ページに数百匹いると思います。多過ぎて描き直しを避けたかったので、3枚目ぐらいで何とか完成させました。ペンの太さとか様々な種類を試しましたね。アリは黒いペンだけで描き終わるのですが、他のものは枠を描いてから色を塗る作業があるので大変。締め切り間近のときは、ペンを持つと手が痛くなるほどでした。

――読み聞かせするときは、あえて抑揚を付けない。役を演じ過ぎると子どもたちの想像が膨らまず、イメージが固定化されてしまうのを避けるためだという。

 役に入り込んで読むと恥ずかしいのもあって、普通に読みます(笑)。実は一つだけ違うもの以外に「隠しキャラ」が潜んでいるので、1回読み終わった後に「毛がないもの以外にもう1匹違うものがいるよ。ヒントは毛」とか「ピースしているアリはどれだ?」とか、クイズを出して親子で遊ぶと楽しいと思います。

 嬉しかったのは、あるお母さんから「ずっと引きこもりだった子どもにこの絵本を読ませてみたら、考え方が変わって学校に行くようになった」という声をいただいたことです。「様々な人が共に生きる多様性社会の大切さも伝わってくる」というような感想を言ってもらうことも多いですね。

やりたいことに挑戦を

――「ありのむれです。いっぴきだけ ちがうほうへ あるいています。」という1匹のアリは、常に群れから出て、芸人として生きる自分と重なるという。

 周りの友達や普通に働いている人の中には、やりたいことがあってもなかなか踏み出せないという悩みを持ってる人もいます。でも僕自身は、常にやりたいことに突き進んできました。卒業した工業高校では、愛知県なので車関連の会社に就職する人が多い中、学年で僕だけデザインの専門学校に進み、その後、多くはデザイン会社に就職する中で、僕だけ吉本興業に入った。そして芸人になって、皆はネタ一を生懸命頑張って作っているのに僕は絵本を作るとか、そこが自分らしさかなと思います。でも、これでもやりたいことができていないことも多いのでこれからも挑戦していきたいし、特に子どもたちにはやりたいことをやってほしいと思いますね。

――お笑いと絵本作りは、互いにいい影響を及ぼし合っているというひろたさん。芸人でなければ体験できないこともあるからだという。

 どちらも根本は、人が楽しんでくれるかどうかだと思うんです。お笑いライブに出るときと絵本を作るときと、そこはほぼ共通していますね。実は子どものころは恥ずかしがり屋で、人前で何かをやるタイプじゃなかったんです。人を喜ばせるのも好きですが、ほめてもらいたいのも強いのかもしれない。当時、絵画で賞をもらったときに親からほめられた快感が強く残っていますが、お笑いは、それが直でもらえるんです。ネタを披露したら、お客さんに笑ってもらってほめてもらえること、それがすごく楽しいですね。そんなお笑い芸人ならではの体験を自分の武器として、これから絵本作りの幅を広げていきたいと思います。