初エッセーが大評判となった人気芸人、岩井勇気の期待の2作目。相変わらず仕事方面の話題は排除し、私生活オンリー。独特の視点からの、フツウのようでいてオモシロイ日常が、細密にリズミカルに綴られている。
魚の骨を喉に刺して幸せな人生が崩壊し、楽器店で「バンドはじめたて君」に見られないための無駄な奮闘をし、トイレの修理代で一か八かの賭けをし、珪藻土バスマットのことで母親と大喧嘩する。
日常を語ることは、エッセーの王道だと思う。とにかく読んでいて楽しいので、團伊玖磨の『パイプのけむり』を超える巻くらい余裕で続けてほしい。
本作の最終章は、短編小説だ。エッセーとテイストは近いが、興味深く読んだ。
異世界のスーパーで、極めて日常的な感覚で買い物をする話だ。異世界と現実のスーパーとの微妙過ぎる違いが笑える。
元々、岩井のラジオでのトークは時折、現実と虚構を行き来する。いきなり謎のドアが開けられ、リスナーはアナザーワールドに連れ込まれる。そこからは虚実は問題にならない。
エッセーでも、時々、岩井は目に見えるものを信じなくなる。本作では、大阪のホテルで別人格に変わった感覚を持つ。ただ、肝心なのは、虚実どちらでも、彼の感覚が極めてクリアなことだ。怪しい話に転がるほど、こまごまとリアルになっていく。フィクション作りでは基本的な手法だし、ネタを書く人なのでフツーでしょということかもしれない。でも、何だか、もう、生まれつきの体質や気質なのではないかと思えてしまう。パラレルワールドの旅人なのだ。わずかずつ異なる世界を自由に行き来し、目の前の現実を微妙に疑ってみてはズレを楽しむ。当たり前のことを当たり前だと思わないところが、岩井勇気の面白さなのではないだろうか。
そこから、彼の鋭い批評眼や毒舌が生まれ、不思議と感じさせる日常の光景が表現される。超リアルなのに不思議なのだ。=朝日新聞2021年12月25日掲載
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新潮社・1375円=3刷6万部。9月刊。著者は幼なじみの澤部佑とお笑いコンビ「ハライチ」を結成、06年にデビュー。「35歳、一人暮らし、独身男性」の視点が響いている、と版元。