僕は、昨日と僕とは違う。
それは僕が僕との約束だ。
比嘉裕二、8歳。
僕は普通の小学生だった。
いや、普通ではないかもしれない。
周りみたいに、友達はいないし、喋ることも好きじゃない。
できるだけ1人で何事もなく1日を過ごすのが毎朝の目標だ。
でも、学校では、そんな孤独の僕が浮いてしまう。
一番存在を気付かれたくないのに、いつも暴れん坊たちの標的は僕になる。
周りより一回り小さい身体の僕を、まるでボールを遊ぶようにしてイジメてくる。
そんな地獄の時間は毎日、毎日続いた。
7月15日、今日は町の力が思う存分に入った、年に一度の星祭の日だ。
僕も友達がいないながらも、実はすごく楽しみにしている祭だ。
僕は小さい頃から、空が大好きで、星や雲に関しては特に詳しい。
暇があれば、空を見て、図鑑で照らし合わせて研究していた。
星祭は、いつもより町から星が降るように見えるから大好きな日だ。
「じゃあ、母さん行ってくるね」
「ほんとに一人でいいの? お母さんも行こうか?」
「いいよ、一人で! 心配しないで、早めに帰るから」
母さんと一緒にいる姿を見られたら、余計にイジメの理由になってしまう。
そんなのたまったもんじゃない。
だから誰にも気付かれないように星祭に行きたかった。
夜空の下を、走るようにスキップしながら星祭に向かった。
毎年7月15日は雲ひとつない、突っ切った星空が顔を見せる。
「いいなー星は。いつも堂々と輝いていてかっこいいなぁ」
僕は河川敷で空を見上げながら呟いた。
星祭に着くと、町の人々が星より目立っていた。
"今年もすごい賑わいだな〜、まぁでもこんだけ人がいたらきっとクラスの人たちにも会わずにすみそうだ"
僕はなんだか、少し安心しながら星祭を楽しめそうで嬉しかった。
星祭には、屋台が並んだり、天体の紙芝居があったり、天体望遠鏡で実際に星を見ることもできる。
まさに、僕にとっては天国だ。
僕はさっそく家から持ってきた、ボロボロになった星座早見表で空と照らし合わせた。
"今日は星座がたくさん見える!"と声に出さない興奮が身体中を駆ける。
バサっ。
僕の目の前から星座早見表が消えた。
驚いて振り向くとそこには僕より20cmも高いクラスの暴れん坊が立っていた。
"わぁ、みつかった。どうしよう"
僕は首を亀みたいに縮こませながら、そいつを見上げた。
「お前、こんなとこにもきてるのかよ。まじで邪魔するよなー、俺たちの。目の前に現れないでくれよなっ」と言って、早見表をどこか草むらへ投げた。
「あ・・・・・・」
僕は言葉にしたらまた言い返されると思い、できるだけ耐えた。
「もう、お前友達もいないし、勉強も微妙なんだから、学校くるなよ! 席が1個空けば、俺の空間も広くなるしな!」と言って、周りの暴れん坊たちとガバガバ笑っている。
僕はもうこんな場所から去りたかった。
顔も声も聞きたくない。
僕は自分がいま最大限に出せる脚力を使って、その場から走り逃げた。
どんなに息を切らしても、決して立ち止まることなく、振り返ることなくとにかく走った。
星祭で賑やかだった声や音も、聞こえなくなってからだいぶ経った気がする。
足の限界にも達して、僕はようやく止まることを決心した。
そこは小高い丘の上だった。
星祭の会場はだいぶ遠くに光って見える。
ハァハァハァハァ。
「だいぶ僕、走ったんだ」
息を落ちつかせながら360度景色を眺めた。
静かな風が僕の汗を心地よく乾かしていった。
草花が風ですれ違う音、カエルや夏虫たちの言葉だけが、暗闇の中で飛び交う。
そして、仕上げに僕のおっきな呼吸。
ずっとこんな毎日だったらいいのに。
そう思った。
空を見上げると、やっぱり星たちは輝いていた。
「ぼ、ぼ、ぼくも、輝きたーい」
気付くと空に向かって、叫んでいた。
僕ってこんな声出るんだってほどに大声だった。
すると、なんだか急に突っ切った空に幕を閉じるかのように雲がやってきた。
モクモクと星を隠していく。
"わぁ、ひと嵐きちゃうかな"
僕が空の変わりように焦っていると、目の前には信じられないほどの出来事が起こった。
ゴワワワワワワーーーーーと、雲が捌けるとそこには、星たちが塊になってこっちに向かってきた。
「え? え? なんなんだ・・・・・・」
もう目に入りきらないほどの輝きが、僕の目の前を埋めた。
そして僕の目の前に星の塊が降り立った。
眩しいけど直視できる輝き。
星の塊から出てきたのは、髭を肩まで生やした丸々しい体型をしたおじさんだった。
「比嘉裕二くんだね? さぁ、乗って」
僕は訳もわからずにその星の乗り物に乗り込んだ。
「なんで、僕の名前を知っているんですか?」
「君のことはもちろん知っているよ。有名だからね。私のことは、ドリスと呼んでくれ。じゃあ出発だ!」
そう言うと星の塊が宙を走っていく。
「ドリスさん、あなたはどこからやってきたの? そして、これはどこへ?」
「君は変わりたいと叫んだだろう? そのお手伝いをしにやってきたんだよ。今から君に見せたい世界がある。ぜひついて来てくれ」
「は、はい!」
僕は言われるがままドリスさんについて行った。
星たちはあまりに猛スピードで走るため、周りの景色がゆっくりと僕の両脇を流れていく。
窓から見える景色には、いろんな人たちが、それぞれの生活を過ごしている。
まさか僕に見られてるとは知らずに。
「今君が見ている世界を、もう一人の君も、君の世界を見ていたんだよ。だからいつも心配していたよ、君のことをね」
「はい?!?!」
ドリスさんは、全く訳の分からない話をしていた。
しばらく走ると星の塊は止まった。
「さぁ、降りて。ついたよ」
そこは、あの僕がドリスさんと出会ったあの小高い丘だった。
時間がだいぶ経ったのか、もうお昼の高さに太陽がいた。
"なんだ、帰ってきただけか"と僕は少し落胆した。
ドリスさんは、胸を張りながら丘を降りていく。
僕も必死についていくと、何やらでっかいお家についた。
ドリスさんは、そこの住人のようにズンズカ入っていく。
「ちょっと、ドリスさん!! いいんですか? 知らない人のうち入っちゃって!」
僕は慌てて、ドリスの腕を引っ張ったがお構いなしだ。
「大丈夫。私と君のこと、この世界で見える人はいませんよ」
またもや、不思議な返しだ。
いっそのこと、夢であってほしい。
こんなことが、クラスの暴れん坊に知られたら・・・・・・。
いや、この家がクラスの誰かの家だったら、とんでもないことになる。
と頭をよぎる。
2階の部屋に向かう途中、誰かが階段を降りてこようとやってきた。
僕はやばいっと思い身体を丸くしてしゃがみこんだ。
パタパタパタ。
スリッパで駆け下りる音は僕の耳を通り過ぎていった。
"ん?"
前にいる存在感抜群なドリスさんにも気付いてはいない。
「だから言ったでしょう? 私たちは見えていないから大丈夫だよ」
僕は、ドリスさんが言っている言葉に息を呑んだ。
本当にどうやら、僕らのことは見えていないようだ。
「いま降りていった人の顔を見てみなさい」
「え?」
僕は下りていった人の背中を追って顔を見て、驚愕した。
なぜなら、そこにいたのは僕だったのだ。
顔も身長も年齢もいまの僕だが、明らかに違うものがある。
それは笑顔だった。
そこにいる僕は何が楽しいのか、とびきりの笑顔で部屋を歩いている。
「ドリスさん、あれがほんとに僕なの?」
「あぁ。そうとも。こっちの世界で生きる君だよ。君と全く同じ年齢だが、生き方が少し違うだけで、こっちでは人気者なんだよ」
「こっちの僕は、僕よりしっかりしていそうだね。どんな学校生活を送っているんだろう?」
「ついていってみよう」
ドリスさんに連れられて、僕が僕の後をついていくと、こっちの僕は学校へと足をすすめていた。
登校中、右からも左からも、「裕二くん、おはよー!」という声がひっきりなしに続いていた。
"なんて人気者なのだろう"
僕はこっちの裕二にすでに憧れを抱いていた。
学校に着く頃には、両脇に3人ずつ友達が横を歩いていた。
「裕二おはよー!! 今日また木星の話教えてくれよー!」
「裕二ー! 今日遊ぼうぜー!」
「お! 裕二! 天体テストまた満点だったぞー! 将来は宇宙博士だな!」
「ねー裕二くん、休み時間に屋上で天体の話してー」
こっちの裕二の周りには、男女構わず、そして先生からもたくさんの声が朝から止まなかった。
僕の世界では、考えられない。
女子とはまともに目を合わせたことすらないし、先生からも眼鏡がずれてる時に話しかけてもらうくらいだ。
こっちの僕はどうやら、天体好きはみんなが知っていて、なおかつ明るく、元気いっぱいだ。
クラスを覗くと、僕の周りには、僕をいつもイジメてくるあの暴れん坊たちが、僕の机に集まって楽しそうに星の話をしている。
幻より幻に見える。
大嫌いな奴らと、僕はあんなに楽しそうに話しているのだから。
「ドリスさん、なぜあんなに僕はこの僕とちがうの? なんで僕は同じ生活が送れないの?」
僕の胸の底に眠っていた感情があらわになる。
「君は、みんなに自分をさらけ出しているかい? 勇気を出してみたかい? こっちの君は、みんなと仲良くなるためにまず、自分をさらけ出したんだよ。そしたら周りもさらけ出してくれた。
君が何を求めるかによって、君が差し出さなきゃならないこともある。求めてばっかりいたら誰も君には近付かないだろう。君は、気付かないでくれ、とみんなに求めてばかりなんじゃないかい?」
「それも求めてることになるのですか? ただ、僕は平和に暮らしたいだけ」
「君の平和ってなんだい? こっちの君はまるで君の好きな星のように輝いている。そんな裕二に君は誰よりも憧れてるんじゃないか?」
「そりゃそうだけど。でも僕には・・・・・・」
「いま君が見ているのは君自身なんだよ。生き方が違うだけで、中身も外見も君なんだ。無理なはずがない」
「どうしたらあんな風になれるのかな?」
「まずは、踏み出す勇気。友達になってもらうんだよ。君は人を惹きつける力があるから、必ず変われる。君は、誰よりも空に詳しい。それが君の武器になるはずだ」
僕はこの時、無性に勇気が、湧いてきた。
なぜだろう。
目の前には、僕がいる。
全く違う僕なのに、全く同じ僕。
100点のテスト用紙を先生からもらって、みんなに尊敬されてる、僕。
給食はみんなが寄ってきて、星の話を楽しそうに話す、僕。
窓から雲を眺めて雲クイズの出題者になっている、僕。
廊下でたくさんの友達から放課後の誘いを受ける、僕。
目の前に見えているだけで、それは紛れもなく僕なんだ、と。
それを見ていたら、たちまち心配ごとは勇気に変わった。
生き方が僕の足を歩きにくくさせてたなら、生き方を変えてしっかり歩いてみたくなった。
「ドリスさん、僕がんばるから、帰らせてほしいです! 見ているだけじゃ時間がもったいない!」
その時、廊下を歩いていた僕が僕を見たような気がした。
ドリスさんは静かに笑うと、僕の手を引きそのまま宙に飛んだ。
"あっっ!"
一瞬にして、地球の外に出た。
下には数え切れないほどの星が見えた。
「何億個もある星のひとつに君は生まれたんだ。こんなに星があるように、人の悩みもある。だけどね、逃げる為の悩みは君には必要ない。他の星で、君はあんなに楽しんでいるんだから。逃げ道を見つけるんじゃなく、入り口をまず見つけてみたらどうかな」
ドリスさんの手の温度が僕の身体に伝わる。
冷えていたのか、僕はすごく温まった。
目をつぶっても、星屑たちの輝きを隠し切れない。
「僕、変わる」
そう言って目を開けると、僕は体育座りでまた小高い丘にいた。
辺りは暗い。
振り返ると、星祭の光がまだ輝いていた。
空を見ると、星の塊はもういなかった。
僕は星空を背中に、星祭に走って戻った。
あの暴れん坊たちが焼きそばを食べている。
もう、隠れない。
いや、友達がほしい。
遥か遠くの星で、僕が頑張っているなら、僕も頑張らなきゃいけない。
そう、決めた。
僕は暴れん坊のリーダー、タクヤに話しかけた。
「タクヤくん。今まで避けていたけど、僕ほんとは君と友達になりたい。仲良くなりたいな」
頭の中を真っ白にしながら伝えた。
「え? お前変わってるな。俺と仲良くなりたいなら最初から言えよ! 仕方ねーから友達になってやるよっ」
勇気を出すと、案外世界は優しかった。
「あのね、あの丘に行こうよ! 流れ星が今日は見れるよ!」
「まじかよ! オレ、流れ星みたことねーや! そういや、お前よく空見てるもんな。見に行こうぜ! お前らもいくぞ!」
タクヤの周りの暴れん坊たちも誘われ、僕たちは丘に走っていった。
空は満天の星空。
「タクヤくん、あれがね、火星だよ!」
「裕二、星の名前がわかるの?! すげぇ! じゃああれは?!」
「あれは木星だよ。火星より光が強いんだよ」
そんな会話が、静かな丘を明るさと共に響き渡る。
僕はどこかの星の僕が、僕を照らしてくれる限り、カッコ悪い姿を見せるわけにはいかない。
もう怖いものなんて僕の頭にはなかった。
この夏僕は、不思議な体験をした。
夢だったのかもしれない。
でも、これは夢ではなかった。
なぜなら、僕のポケットには、あの星の僕からのメッセージが入っていた。
"同じ空にいる。会いにきてくれてありがとう"
これは紛れもなく、僕の字だった。
きっと、僕の毎日を見兼ねた僕からの、夏のプレゼントだったのだろう。
あの銀河を渡った夏は忘れない。
(編集部より)本当はこんな物語です!
北方へ漁に出たきり父が帰ってこず、主人公のジョバンニは病気の母親と二人で暮らしています。夜になってケンタウル祭に出かけると、道中で出会った同級生のザネリにからかわれる。独り丘を訪れ、草の中に寝転ぶと、どこからか「銀河ステーション」という声が。気がつくとジョバンニは、親友のカムパネラと一緒に列車に乗っていました。
二人はさまざまな人たちと出会いながら、列車の旅を続けます。しかし、カムパネラは突然消え、ジョバンニはもとの丘の草の中で目を覚まします。そして町に戻ると、カムパネラがザネリを助けようとして川で溺れたことを知らされるのです。
カレンさんの作品が、少年の人間としての成長を直接的に描いているのに比べ、賢治の作品は少年期の消滅を通して成長を感じさせています。