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「マレー素描集」書評 英語で紡ぐ 自分たちの側から

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2021年12月11日
マレー素描集 著者:アルフィアン・サアット 出版社:書肆侃侃房 ジャンル:アジアの小説・文学

ISBN: 9784863854642
発売⽇: 2021/09/30
サイズ: 18cm/244p

「マレー素描集」 [著]アルフィアン・サアット

 多文化社会であるがゆえにシンガポールでは、標準中国語、タミル語、マレー語、英語で発表される文学作品の読者層が「ひとつの民族グループで完結してしまいがち」であるそうだ。
 この問題を克服するためにアルフィアン・サアットは、本来ならばマレー語以外の「ほかの言語では言い表せない切望」や文化的な感性をそれぞれに抱え込む「ささやかな人々の物語」を、「マレー文化の内側でのみ通じる合言葉に頼ることのないよう意識しつつ」、マレー語を解さぬ同国人にも届く英語で本書を書いた。
 原題は「Malay Sketches」。シンガポールが英国領であった百年以上前にも「Malay Sketches」と題された本が刊行されている。著者は海峡植民知事と総督を務めたフランク・スウェッテナム。このスウェッテナムが統治者の言語たる英語を用いて「支配下にあるマレー人の文化や気質を外部の読者に紹介する、というその本の構図」を拝借し、現代の作家たるサアットは、自分(たち)の言語となって久しい英語によって現在のシンガポールに生きるマレー人について書く。ただし、自分たち自身の側から。
 その筆さばきは「軽やかで澄んでいるが、軽薄ではなく」、結婚式や学校、病院や酒場などを舞台に「華人の英語話者が中軸を担う」シンガポールにいるあらゆる境遇のマレー系住民の人生や生活の断片を見事に「素描」しつつ、「マレー人とその他の集団の格差」や「マレー人同士のあいだに生じる格差」という陰影の存在感にも的確な「形と重みを与える」。
 シンガポール発の珠玉の掌編小説集。その冒頭にはスウェッテナムの言葉が引かれる。
 「もし読者諸君をマレー人たちに親しませることができず、マレー人の心のなかを覗(のぞ)き込んでその生のなにがしかを理解させられなかったとすれば……それは筆者の責任である」
    ◇
Alfian Sa'at 1977年、シンガポール生まれ。マレー系の詩人、作家。他に短編集『サヤン、シンガポール』。