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「早すぎた男 南部陽一郎物語」書評 独創的ゆえ苦労 先駆者の素顔

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年12月11日
早すぎた男 南部陽一郎物語 時代は彼に追いついたか (ブルーバックス) 著者:中嶋 彰 出版社:講談社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784065258132
発売⽇: 2021/10/21
サイズ: 18cm/318p

「早すぎた男 南部陽一郎物語」 [著]中嶋彰

 南部陽一郎は、素粒子物理学における対称性の自発的破れの研究に対して、2008年にノーベル物理学賞を受賞した。これだけでは何のことやらわからないが、単純に言えば、物質になぜ質量があるのかという根源的な難問に答えを出したのが彼である。
 04年に南部理論に基づいた研究をした3人がノーベル物理学賞を受賞した際の公式発表では、「南部の理論は正しい理論の詳細をすべて備えていたが、それはあまりにも早すぎた」との異例の言及がなされた。
 この事実が示すように、南部はすでに通常のノーベル賞受賞者のレベルをはるかに超えた例外的研究者だと認められていたのだ。
 本書は、時代に先んじた数多くの独創的業績ゆえに「予言者」と呼ばれた南部の生誕100年を記念した本格的評伝である。
 敗戦後、大学に寝泊まりし極貧の自炊生活をしながらひたすら研究に没頭した当時の日本の若手物理学者たち。米国でのトップ研究者との交流と競争。順風満帆の研究者人生を過ごしたように思える南部だが、早すぎた秀才ゆえの挫折と苦労も数多い。
 1960年の学会に長男の病気で出席できなくなった南部は、講演原稿の代読を依頼。その結果、別の研究者に、そのアイデアをもとにした論文を先に発表されてしまう。この痛恨の事件のため、対称性の自発的破れが南部による先駆的業績だと広く認められるには紆余(うよ)曲折があった。
 天才研究者の伝記にはただ圧倒されて終わることも多い。しかし、かつて南部のもとで研究した方々の経験談から浮かび上がる彼の人物像は、親しみやすく温かく、読後感も心地よい。
 対称性の自発的破れ、ヒッグス粒子、クォークモデルと量子色力学など、南部が開拓した諸概念のわかりやすい解説に加えて、彼を軸として試行錯誤しつつ進歩した素粒子物理学の歩みを追体験できることこそ本書の最大の魅力である。
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なかしま・あきら 1954年生まれ。サイエンス作家。元日本経済新聞編集委員。『「青色」に挑んだ男たち』など。