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分かりやすさと面白さ、君嶋彼方さんが小説のお手本と考える漫画「ブラック・ジャック」

2005年に発売された「少年チャンピオン・コミックス『新装版ブラック・ジャック』全17巻セット」(秋田書店)

 一応小説家としてデビューさせていただいた身としては、非常に言いにくいことではあるのだが、実はそれほど小説を読んでいない。もちろんそれなりに読んでいる方だとは思うのだが、読書家の方々と比べるとおそらくミジンコのような読書量だ。

 更に告白すると、小説よりも漫画の方が読んでいる。これまた例に漏れず、少年誌の漫画はほとんど読んだことはなく、青年漫画やレディースコミックばかり読んでいた。

 なので実は、「影響を受けた小説」よりも「影響を受けた漫画」の方が多い。羅列していくと枚挙に暇がないほどだ。その中で、敢えて一作品を選ぶとすれば。手塚治虫氏の『ブラック・ジャック』を挙げたいと思う。

「えっ、今まで斜に構えた態度で、マイナー作品を挙げてマニア気取りで悦に浸ってたかと思ったら、いきなりそんな巨匠の有名作品挙げるの!?」

 そんな声が聞こえてきそうだが、仕方がない。面白いものは面白いのだ。

 あまりにも有名な作品なのであらすじは割愛。手塚治虫氏の作品と出会ったのは、小学生の頃だ。小学校の図書館には漫画はほとんど置いていない。唯一置いてあったのが、手塚作品だったのだ。鉄腕アトム、火の鳥、きりひと讃歌……あらゆる名作が並んでいたが、その中でも一番心を打ったのが、『ブラック・ジャック』だった。

 読んだ当時はただ漠然と「面白いなー」「こんな病気になったらやだなー」程度しか思っていなかったが、中学生になり再読した際(これもまた学校の図書館に置いてあった)、その面白さに改めて気付かされた。

 こんな有名な作品を自分が評するなんておこがましいにもほどがあるが、とにかくストーリーテリングが巧みなのである。一話のページ数はそれほど多くはないのだが、その中でゲストのキャラはしっかり立ち、起承転結もばっちり、話によってはあっと言うようなオチまで用意されているものもある。短編のお手本ともいうべき作品だ。ブラック・ジャックが正義のヒーローなんかではなく、お金を積まれればとんでもないことまでやってのけてしまうキャラなのもまたいい。だからこそ、彼が慈愛を見せるシーンはぐっとくるのだ。

 どの作品もおしなべて面白いのだが、特に動物が出てくる話が好きだ。飼い犬に死んだ恋人の声が出るように手術してしまう「犬のささやき」のぞっとするような展開とオチは未だに忘れられないし、野良猫を死んだ妻と子供だと思い込んでしまう男の話の「ネコと庄造と」は、あのラストのコマを思い出すだけで涙ぐんでしまう。

 何より素晴らしいのは、医療を扱った作品であるにもかかわらず、医療の知識を全く必要とせず面白く読めるという点だ。これをクリアできている医療漫画は、実は意外と少ないように思う。ちなみに自分は「肺気胸」という病気をこの漫画で知ったし、「虫垂炎」を「アッペ」と呼ぶことを覚えた。

 その分かりやすさと面白さは、今の自分が手本にすべき点だと思う。自分にとってこの作品は、教科書のような存在なのだ。学校で学べるのは勉強ばかりではないのである。