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「アルタイの片隅で」書評 厳しい生活の色彩を描く優しさ

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2021年12月18日
アルタイの片隅で 著者:李 娟 出版社:インターブックス ジャンル:アジアの小説・文学

ISBN: 9784924914698
発売⽇:
サイズ: 19cm/242p

「アルタイの片隅で」 [著]李娟

 鋭い観察眼と温かいまなざしが紡ぐ言葉が本から飛び出すと、瑞々(みずみず)しい自然の光景や愛くるしい人の表情が浮かび上がる。李娟作品の初の邦訳を書評で紹介できるなんて、なんだか自慢したい気分だ。
 新疆ウイグル自治区生まれの李娟は、戸籍が居住地でない四川省にあったことや家の商売の失敗が原因で高校を中退、二十歳頃から同自治区アルタイ地区の母親が営む裁縫店や雑貨店を手伝いながら、「南方週末」紙などに散文を書くようになる。二〇一八年に魯迅文学賞を受賞した。
 マイナス三十度という厳しい環境で遊牧民と共に李娟の家族も移動する。苦しい生活も彼女が描けばカラフルでユーモアに溢(あふ)れる。
 李娟と母は重労働や食習慣から特殊な体型の人も多い遊牧民に合うよう、あれやこれやと工夫して服を作る。オーダーに来る人たちは個性的で賑(にぎ)やかだ。
 お金が工面できずに引き取れない小花模様のブラウスは、店の壁にかかったまま。毎日学校帰りに見に来る女の子に、壁から下ろして持たせてやった時の嬉(うれ)しそうな様子ったら! ニワトリ三羽でスカートを作って欲しい美しい嫁は、ケチな義父が知ったら怒ると言うが、家で飼う七羽のうち三羽がいなくても、義父は気づかないという。
 大きな町で買ったタバコや酒、缶詰を窓辺にかけておくと、裁縫店の戸を叩(たた)く人が途切れなくなった。カザフ族の民族楽器・ドンブラを弾き、歌い踊る。酔っ払った集金員、通称「電気虎」は家々を回り電気代を集めると、今度は電気を止めに回る。酒が覚めて線をつなぎに来るまで、店はろうそくの灯(あか)りだけだ。
 ぎゅうぎゅう詰めのピンクのバスでおじいさんとおばあさんの間に入り、二人がつなぐ手を静かに膝(ひざ)に乗せる李娟。人を、動植物を見る目がとても優しい。彼女は中国の向田邦子だ!
 民族や文化を越境して素朴な問いをもてば、新たな発見が呼び起こされる。
    ◇
リー・ジュエン 1979年、中国・新疆生まれ。作家。『遥遠的向日葵地』(未邦訳)で魯迅文学賞。他に『冬牧場』。