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「ジャズ シーン」書評 古い欧州が評論する新しい音色

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2021年12月18日
ジャズシーン 著者:エリック・ホブズボーム 出版社:績文堂出版 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784881161371
発売⽇: 2021/10/10
サイズ: 22cm/625,19p

「ジャズ シーン」 [著]エリック・ホブズボーム

 ジャズはアメリカで生まれたが、ジャズ評論はヨーロッパで生まれた。20世紀文明を象徴する外来音楽として「古いヨーロッパ」に届いたジャズの音色は、新興芸術として新たな「教養」の一部となったからだ。
 そうしたことの「成果」の典型が本書だろう。「創られた伝統」や「長い19世紀」という概念で近現代史の認識を変えた英国の歴史家が、本業のかたわらジャズ評論に手を染めていた。
 といっても当時周知だったわけではない。フランシス・ニュートン名義で1959年に出た本書の初版は『抗議としてのジャズ』と題して60年代末に邦訳されたが、当時の学界でホブズボームの仕事と知る人は日本では皆無だったろう。
 とはいえ書名で画像検索してみて、あ、覚えがあると思った。評者が大学生だった70年代にもレコード屋やジャズ喫茶で見かけた表紙だったからだ。但(ただ)し、読まれたかといえばどうだろう。評者自身、書名からジャズと人種差別のお決まりの話だと思いこんで手にしなかったのだから。
 ところが本名で再刊された本書を読んで舌を巻いた。これほど包括的なジャズの社会史がとっくの昔に書かれていたとは。
 ジャズとブルーズの関係や楽器の変遷を論じ、ジャズファンの熱狂と偏頗(へんぱ)な人種観を指摘し、クラシックに並びたいと望むジャズ側の文化的願望にまで言及する。人種によってジャズマンの出自や階級が違い、放蕩(ほうとう)癖にも影響するなど、ジャズクラブでじかに接した人ならではの観察が多い。
 ジャズ評論はとかく聴き手のスノッブな“耳自慢”に陥りがちだが、93年版の序文ではいつしか「革新」より「過去」を志向するようになったジャズの現状への複雑な感慨を吐露して首肯するものがある。今夏邦訳の出た評伝と併読すると発見が多いが、評者には、偶然にも著者と1歳違いだった油井正一『生きているジャズ史』(立東舎文庫)との共通点が興味深い。
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Eric John Ernest Hobsbawm 1917~2012。歴史家。著書に『20世紀の歴史』『破断の時代』など。