2021年ベストセラーを振り返る 迷惑かけない「自助」 言葉遣いにも ライター・武田砂鉄さん

※2021年ベストセラー(2020年11月24日~21年11月21日、日販調べ、総合部門)
新型コロナウイルス感染者数が増大し、入院できずに自宅で亡くなる人が数多く出てしまった夏に、東京オリンピック・パラリンピックが強行開催されたことを振り返る時、昨秋、首相に就任した菅義偉前首相が「自助」を強調し、「まずは自分でやってみる」と述べていた事実が改めて不気味に思えてくる。
昨年に続き、方々へ出かけられない日々が続き、書籍と向き合う時間が増えた人も多いはずだが、ベストセラー一覧を眺めながら感じ取るのは、「誰かに迷惑をかけないようにする」「それを、できるだけ効率よく達成する」という意欲である。
(1)は刊行から2年以上経過しているが、コミュニケーションの形が変わる中で、人とどう話せばいいのかに悩む人が増えたのだろうか。「悪口は、言わない、聞かない、関わらない」「『嫌われない話し方』は、『好かれる話し方』以上に重要」との提言からわかるのは、とにかく他人の顔色をうかがおうとする姿勢だ。「日常のささいな会話においても、『自分が話したいこと』ではなく『相手の求めている話』をする」とあるのだが、自分の好きに話したいし、相手もそうであってほしい。そこを譲りたくない。忖度(そんたく)ありきの対話から距離を取りたい。
自分の考えを述べるよりも、誰かの心証を損なわないように振る舞うのを優先するのはしんどいと感じる。だが、その手のマナーへの関心も高まっている。(9)は、「よけいなひと言」と「好かれるひと言」を併記して、このように変えましょうと指南する一冊。「その話、前にも聞きました」では相手を傷つけるので、「それは、〇〇の話ですよね。面白いですよね」に変えたほうがいいという。どうしてそんなに、他人を気にするのだろう。
「良家の教え」が強調される(16)は、タイトルからして首を傾(かし)げるが、相応の年齢の女性が肌見せファッションなどをするのは気をつけたい、浮きすぎないファッションを、と書かれているのを読み、「勝手にさせろ」と、わざわざ強く言いたくなる。私は、育ちの善し悪(あ)しで人間を問うてはいけないと思うので。
「スマホは私たちの最新のドラッグである」とするスウェーデンの精神科医が記した(2)は、スマートフォンに操られるようになってしまった人間の危うさを説く。過度な依存により、学力が低下し、自信を喪失し、不確かな情報に不安を煽(あお)られる。もはや、その流れに抗(あらが)うことはできないので、いかにして離れる時間を作るかを提案する。とりわけこのコロナ禍で、ますます手放せなくなってしまった後ろめたさを感じながら読んだ。
「SDGsはまさに現代版『大衆のアヘン』である」とした社会思想家による(12)は、気候変動が問われるなか、環境を守りながらも成長を止めないとする「大衆のアヘン」が、ビジネスとして活用される仕組みに疑問を呈す。「潤沢な脱成長経済」を提唱、3.5%の人々がアクションを起こせば変わるとした。
今年の新語・流行語大賞にノミネートされたのが、好きなアイドルなどの「推し」を応援する「推し活」。芥川賞を受賞した、今年もっとも売れた小説となった(3)は「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」と始まる。好きな存在を推すとはどういうことかをめぐる小説でありながら、その行為を通じて自分の背骨を確かめようとする洞察にこそ、作品の重心があった。著者とラジオ番組で対話する機会を得たが、こちらからの問いかけに対して、ある一定の沈黙を経て、ゆっくりと言葉を導き出す様子が印象に残っている。相手のための言葉ではなく、自分のための言葉を見つけて、それを相手に届ける。そういう言葉こそ、時間をかけて受け止めたい。
自分の中にある考えを揺さぶる本よりも、効率的なコミュニケーションのための本が売れる傾向は例年通りだ。できるかぎり自分で努力する、そんな「自助」が求められる社会は閉塞(へいそく)的である。他人との向き合い方にルールを設けて強化するような動きを、根本から問い直すのが読書だと思いたい。=朝日新聞2021年12月25日掲載