段々畑が輝く愛媛の小さな町で高校まで育った。2019年、実家を含む数軒が、太陽光パネル業者に農地を売るという話をきく。後継者不足で田畑を持て余しているのは田舎の共通の悩み。とはいえ何とか残せないか。
都会育ちの編集者に飲み会で「田舎で農地を買うかも」と話したら、未知の世界に触れたかのように驚かれた。「田舎の事情って、都会の人には伝わってないんだな」と思ってウェブ連載を始め、書き下ろしも加えて本にした。
覚悟していたが、最初は実家の父親とわかり合えなかった。「おまえは東京におるんじゃけん関係なかろわい」。親戚からは農機具をもう貸さないと言われた。田舎の人間関係はデリケート。近所の人には、農地として買いたいという思いを丁寧に伝えて回った。
「地元を離れて好きなことしかしてこなかったので、共同体の中で生きるとはどういうことか再認識しました。彼らが見ている風景と自分のそれは違うと、書くことで理解できた部分もあります」
農地は農地を持っている人しか売買できないため、買い取りは農業を営む妹の名義で部分的に進行中だ。
帰省すると草刈りに精を出す。農業は一筋縄ではいかないから楽しい。サトウキビの育て方を人から教わり、苗を猿に食べられては落ち込む。SNSで知り合った農業好きの若者たちとの交流、小規模農家の経済的な厳しさ、親世代との価値観の溝……。人とつながった時のうれしさ、はねつけられた時のざらっとした苦さを描いた。
地元を離れて気付いたのは、消えゆく風景や文化に魅力が詰まっているということ。「農家出身だから書けることがある。自分を作ったのは故郷の美しい田畑だったと実感しました」(文・加来由子 写真・大野洋介)=朝日新聞2022年1月8日掲載