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「アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?」書評 ケアを無価値とみなす男の論理

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年01月15日
アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? これからの経済と女性の話 著者:高橋 璃子 出版社:河出書房新社 ジャンル:

ISBN: 9784309300160
発売⽇: 2021/11/17
サイズ: 19cm/284p

アダム・スミスが研究中、身の周りの世話をしたのは誰? 女性の家庭内労働は経済の世界から排除され、価値のないものとされてきた。男性中心の経済学に対抗するフェミニスト経済学の…

「アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?」 [著]カトリーン・マルサル

 経済学よ、驕(おご)るなかれ。私たちの体を、愛を、心を、美を計量するな。夫婦関係から人種差別まで深みのない言葉で説明するのをやめよ。家事や育児を思考の外に追いやり、男の論理に基づいて全てを説明する傲慢(ごうまん)を恥じよ。そして経済学よ、私たちを統治するな。本書の帯を私が書くとしたら、こんな感じだろう。
 合理的で利己的、社会にも環境にも依存せぬ「経済人(ホモ・エコノミクス)」を前提とした思考方法が、私たちの生活の隅々まで覆っている。「経済人の胸から母乳があふれ出ることはないし、ホルモンに振りまわされることもない。彼には体がないからだ」と著者は言う。経済学は、その単純すぎるモデルに女性を当てはめ、「市場で競争する自由をあげますよ」と言ってきた。それが男女平等だと見なしてきた経済学を、著者は一刀両断する。
 「我々が食事を手に入れられるのは、肉屋や酒屋やパン屋の善意のおかげではなく、彼らが自分の利益を考えるからである」と経済学の父アダム・スミスは論じた。彼は生涯独身で、母や従姉妹(いとこ)にまわりの世話をしてもらっていた。女性たちが担った料理や皿洗いや掃除など、ケアの営みなしには研究も経済も成り立たないが、彼と彼の学的継承者もそれらを無価値とし、男たちの経済活動だけが価値あることだとしてきた。
 そんな経済学が自己愛に陥ると、常軌を逸する。世界銀行のチーフ・エコノミストだったローレンス・サマーズは「所得水準のもっとも低い国に有毒廃棄物をごっそり移転するのはきわめて経済合理性のある話」という文書に署名した。若いエコノミストが書いた文書を彼は擁護したのだ。未来や環境の問題はここからごっそり抜け落ちている。
 最後に著者はケア、自然、感情を中心に据え、人の不安をお金に換えない、シェアの経済学を訴える。日々のやり場のない鬱憤(うっぷん)の理由が説明され、豊かな生を肯定する勇気が湧いてくる。
    ◇
Katrine Marçal スウェーデン出身、英国在住のジャーナリスト。スウェーデンの大手新聞の記者。