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「オードリー・タン 母の手記『成長戦争』」書評 天才の主体的学びを支えて奔走

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月05日
オードリー・タン母の手記『成長戦争』 自分、そして世界との和解 著者:近藤 弥生子 出版社:KADOKAWA ジャンル:伝記

ISBN: 9784046807533
発売⽇: 2021/11/18
サイズ: 19cm/255p

「オードリー・タン 母の手記『成長戦争』」 [著]近藤弥生子

 台湾のデジタル担当大臣オードリー・タン。幼少時から天才と称され、中学中退後に起業し、アップルのデジタル顧問などを務めた。トランスジェンダーでもある彼女を今では知らない人がいないほどだが、先天性の心臓病を抱えて生まれ、学校教育では才能も個性も発揮できず苦しみ続けた。
 本書は彼女の母・李雅卿の手記『成長戦争』の文章を著者(近藤弥生子)の視点から配置してコメントを加え、独自のインタビューも盛り込んでいる。オードリーが近藤の著作として出版するよう要望した「公認本」だ。近藤はシングルマザーを経験し、台湾で再婚して二人の男の子を育てる。
 学生結婚した夫と同様、記者として活躍していた李は不登校となったオードリーの学習に付き添うためキャリアを断った。理性を崇拝し、知識を愛する夫に対し、直感や身体を信じる自分。夫は単身ドイツに留学、母子は一時期、(子の)祖父母とも距離を取った。
 一九八七年まで戒厳令が敷かれていた台湾の教育現場は、教師による体罰が横行し、不登校の生徒の親には行政罰が科されるほど支配的な色合いが濃かった。そんな中で子どもの主体的な学びをサポートするため奔走した母は、やがて台北市の隣の新北市の山間にオルタナティブ教育を実践する実験小学校を設立する。
 本書は育児指南書でなく、オードリーのファミリーヒストリーだ。家族の記憶や認識は異なるのだから、「物語」であり「ドキュメンタリー」ではない。李の手記をベースとする本だが、著者の主体性を明確にすることで、多様な解釈が可能となる。
 どのような権威も疑っていい。相手を攻撃せず、まずは問いを投げかける。誰かを盲目的に信じる「狂信者」にならない――父からも学んだ開かれたフェアな姿勢で「人々の心にソーシャルイノベーションの種をまく」オードリーの源泉には、人間が主体を回復するためのヒントが詰まっている。
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こんどう・やえこ 1980年生まれ。編集・ノンフィクションライター。台湾在住。著書に『オードリー・タンの思考』。